問題は、巨大テック企業が異常なほどの優位を握っていること、そして圧倒的な力を意のままにできる彼らのゲートキーパーとしての能力は、模倣が容易ではないことだ。

 このため、付加価値を生んだ多くの勇気ある事業変革と並んで、次のようなケースも見受けられた。ある企業を買収して巨大テック企業のやり方を部分的に模倣すれば、プラットフォームの所有者かエコシステムのオーケストレーターになれるという盲信である。世界中の企業が大急ぎでAIの実績を披露し、メタバースに注力する姿勢を示し、自社が次なるプラットフォームになると宣言した。

 流動性が低く期待利益が高い、競争の激しい市場では、経営者がそのような盲信を続けることはもはや許されない。これは悪いことではない。だが、私たちの世界を変える構造的要因の力がかつてなく強まっている時に、企業のリーダーが「抑えられない熱狂」から方向を転じて「過剰な警戒」へと向かいかねないことは、当然ながらリスクとなる。企業はコスト上昇の一部を吸収して利益率を下げざるをえなくなる中、ナイーブな熱狂から、やみくもな警戒へと転じるのだろうか。

 その動きは間違いである。たとえば、暗号資産の価値が暴落したからといって、銀行やその他の金融機関にとって、その背後にあるテクノロジーがリスクでなくなるわけではない。デジタル化は急速な進展を続けている。顧客は複数の製品や体験から成る包括的なエコシステムを歓迎している。ウィーワークの独自の主張は誇大な売り込みだったが、エストニアのワークランドなど規模がより小さい競合他社は、入念に考え抜いたビジネスモデルであればリターンが生まれることを発見している。

 ウェルネスやライフスタイルのような、巨大テック企業が著しく進展を遂げている分野から、金融機関や小売企業が提供を望むサービスまでを含め、競争の様相は変化している。中国のテック大手テンセントおよび傘下ウィーチャットの複合的サービス、日本の小売企業の楽天、中国の平安保険、インドのコングロマリットのリライアンス・ジオ、欧米の巨体テック企業などは、先を争って消費者との独自の接点を見つけようとしている。

 糖尿病などの慢性疾患の治療に重点を置く米国のオマダヘルスは、顧客を引き付ける新たな手段として自社の体験エコシステムを活用している。イタリアの大手コーヒーメーカー、ラバッツァは、コーヒー体験のエコシステムのオーケストレーターとしての役割を試行している。

 さまざまな業界で相次いで起こっていることを端的に言えば、フィジカルとデジタルにまたがり、異なるプレーヤー同士をつなげる創造的な多企業参加型の提案に、価値が移動しているのだ。

 企業がこうした新たな条件に適応する中、経営者には次のことが求められる。