メタバースと都市は補完し合う

 メタバースと拠点について戦略的に考えるには、双方がどのように補完し合うのかを理解することが重要だ。そのためには、両者をチャネルとして考えるとよい。それぞれは異なる種類の情報を伝達するのに適している。

 メタバースは、大量の情報を便利な形式で伝達・使用するためのチャネルだ。ズーム、メール、メッセンジャー、チャットルームやSNSといった従来のデジタルチャネルを土台にして、さらに進歩したものである。動画、音声、画像、文字情報、データ、シミュレーション動画、アバターなどを膨大な帯域幅で伝達する。2018年の調査における推計では、VRのシミュレーションの中で20分間過ごすと、200万ものボディランゲージが記録されるという。

 この大規模で没入型の仮想接続が、真の優位性をもたらす。企業は現実世界でも既存のデジタルチャネルでも成しえなかった、より広いネットワーク全体からの、よりリッチなデータの収集ができる。これによって多くの企業は、新たにコスト効率のよい方法で自社の製品、プロセス、体験を向上できるようになる。その中にはVRを伴うものもあれば、スマートフォンに対応したARのような、より簡単に利用できるものもあるだろう。

 メタバースは従来のテクノロジーから進歩したものではあるが、現実世界を忠実に再現するにはまだ不十分だ。ライブ公演を体験することと、それをオンラインで視聴することの違いである。現実世界では、対人交流、感情、感覚に関してはるかに濃密な情報が伝わる。感情のシグナルを把握することができ、声の調子を変えたり、動き回ったり、ボディランゲージを使ったりしてその場の人々に影響を及ぼすことができる。信頼とソーシャルキャピタル(社会関係資本)を徐々に築いていくうえで、この種のコミュニケーションは必要であり続ける。

 メタバースは現実世界を強化するためのメカニズムだ。美術館や博物館の見学は、メタバース技術で補完すればリアリティが格段に高まる。住宅を買おうとしている人は現地を訪れる前に、極めて充実したオンラインツアーで物件と近隣をめぐることができる。ARメガネは、ライブイベントでオーバーレイ(重ねて表示されるデジタル情報)を付加できる。バスケットボールの試合でのリアルタイムのプレー成績や、トークライブの生配信における視聴者コメントなどだ。

 さらに重要な点として企業は、たとえば新しい靴のデザインといった製品のシミュレーションとテストをデジタルで行い、実際に生産する前に、ソーシャル上のフィードバックに基づいて最終製品を調整するかもしれない。また、就業者はオンラインで交流し準備をした上で、現場で顔を合わせてより濃密な協働に臨むことができる。

 このように、メタバースと物理的空間は協調させてこそ、よりよく理解でき、戦略的に機能する。

仮想と現実の世界をまたがる消費者エンゲージメント

 その好例は、顧客エンゲージメントと販売体験だ。20年前、eコマースは物理的な販売チャネルと並行してバーチャルのチャネルを加えることで、事業者と顧客の関わり方に革命をもたらした。メタバースは、消費者エンゲージメントと消費者体験を向上させるデータを集め、豊かな機会を新たに提供できる。

 メタやマイクロソフト、アップルなどが開発中のARヘッドセットによって、消費者は会議や公演、スポーツの試合といったライブイベントに、まるで現場にいるような形で参加できるようになり、そこにデジタルのコンテンツやデータ、メッセージなどのオーバーレイが付加される。

 メタバース関連技術は、次なるパーソナライゼーションの波を引き起こすことができる。企業はすでに顧客体験を豊かにする新たな方法を試している。報酬が非代替性トークン(NFT)で提供されるメタバースのゲーム、「現実世界」での得意客のみに限定したNFTの配付や体験、物理的製品のデジタルツインなどである。

 企業は現時点では、現実世界をデジタル世界に移植するという形でこの分野に慎重に足を踏み入れている。メキシコ料理店チェーンのチポトレによるバーチャルのブリトー、ウェンディーズのVR店舗であるウェンディーバースディセントラランドをはじめとするメタバース空間での市街地の再現などがその例だ。これらは面白いが、いまのところ現実世界の豊かな体験を代替する見込みは低い。

 現在の基準では大きな進歩だが、現実世界で製品やサービスを見て、感じて、体験する行為に取って代わるものではない。個人消費は、ミレニアル世代の間では特に、製品から体験へのシフトが続いている。そして2年半におよぶズーム疲れがもたらした教訓がある。人と直接交流したいという私たちの願望は、スクリーンでは満たされないのだ。

 これこそ都市が得意とすることだ。デジタルとリアルのチャネルを、互いに強化し合う補完物として利用するためのプラットフォームを提供するのである。

 デジタルネイティブな企業も含め、多くの企業はしばしばデジタル戦略を補完するために、都心部の重要拠点でリアル店舗を、常設店または繁忙期の一時的なポップアップストアの形で活用している。

 コスメブランドのグロッシアーはリアル店舗を用意し、インスタ映えする店舗デザインによって消費者を引き付けて自社のブランドを売り込み、リアルとデジタルのチャネルを融合させている。百貨店ノードストロームの「ノードストローム・ローカル」は自社のeコマースを補強するために、ニューヨークやロサンゼルスといった主要都市で小規模かつサービス重視のリアル店舗を構えている。メタは、メタバースにアクセスするAR・VR機器を販売するためのリアル店舗をオープンした。

 実店舗をデジタル空間に置き換えるということではない。そもそも物理的空間は、顧客がメタバースにおそらく初めてアクセスして最新のAR・VR技術を体験するための手段を提供できる。物理的な空間・拠点とメタバース技術の融合によって、体験はより豊かになり、価値を付加する機会がより多く生まれるのだ。