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連載『成人発達理論で考える部下の育て方とリーダーの成長』はこちら。
【注目記事】部下が「スキルは高いが、器が未成熟」な場合、どう育てればよいのか
成人発達理論の原点としてのボールドウィンとピアジェ
成人発達理論の最も深い源流に位置づけられるのが、20世紀初頭に活躍した心理学者ジェームズ・マーク・ボールドウィン(1861-1934)です。今日、経営や人材育成の文脈で語られる「成長」や「発達」は、資格取得やスキル向上、成果の最大化といった比較的わかりやすい指標で語られることが少なくありません。しかしボールドウィンが提示した発達観は、それらとは根本的に異なるものでした。彼が明らかにしたのは、人の発達とは、個体の内側で完結する能力の増加ではなく、環境や他者との相互作用の中で、心の構造そのものが変容していく動的なプロセスであるという点です。
ボールドウィンは米国で研究を進めた後、フランスのパリに拠点を移し、当時のヨーロッパ思想圏に大きな影響を与えました。特に重要なのは、彼の発達観が、のちに広まる「年齢ごとに段階が固定されている」という静的な段階論とは一線を画していた点です。人は環境に適応しながら行動を変え、その行動の変化が周囲との関係性を変え、結果として心的構造そのものが再編成されていく。すなわち発達とは、直線的に積み上がるものではなく、循環的で生成的な営みであるという理解です。この視点は、変化の激しい現代の組織や市場環境を生きるビジネスパーソンにとって、極めて示唆的です。
このボールドウィンの思想に強い影響を受けたのが、のちに認知的発達理論を確立するジャン・ピアジェ(1896-1980)です。ピアジェはフランス滞在中にボールドウィンの仕事に触れ、「知性とは外界の情報を受動的に蓄積する器ではなく、世界と関わる中でみずからをつくり変えていく構造である」という発想を受け継ぎました。彼が提唱した同化と調節という概念は、環境との相互作用を通じて認知構造が変化していく過程を、理論的に整理したものだといえます。
ピアジェの理論は主に子どもの発達を対象としていましたが、その根底にある発想は、成人発達理論へとそのまま接続されていきます。人は新しい情報を既存の枠組みで理解しようとし(同化)、それがうまくいかなくなった時に、枠組みそのものを更新する(調節)。このプロセスは、昇進や配置転換、価値観の衝突、失敗経験などを通して、大人になってからも繰り返し起こります。
経営者やビジネスパーソンにとって重要なのは、ここから得られる実践的な示唆です。人は「正しい知識を教えれば成長する」わけではありません。新しい役割への挑戦、葛藤を伴う意思決定、他者との対話や衝突、時には痛みを伴う失敗といった経験を通して初めて、ものの見方そのものが更新されていきます。成人発達理論がのちに重視する「意味づけの構造」や「器」という発想は、すでにこの時点で明確な萌芽を持っていたのです。
エリクソンとコールバーグが示した「大人の発達課題」
成人発達理論がビジネスの文脈で注目される理由の一つは、「大人になってからも人は変わりうる」という前提を、単なる希望論ではなく科学的な理論として明確に裏づけている点にあります。この前提を学術的に打ち出した代表的な理論家の一人が、エリク・エリクソン(1902-1994)です。
エリクソンは、人の発達を乳幼児期で終わるものとは考えず、人生全体を貫く心理社会的課題の連続として捉えました。彼の理論では、成人期以降にも「親密性」「生殖性(世代性)」「統合」といった重要なテーマが設定されています。これらは単なる心理的成長ではなく、仕事、家庭、社会との関係性の中で、人がどのように自分の役割や存在意義を再定義していくかを示す枠組みです。
経営者や管理職にとって、この視点は極めて実践的です。部下や自分自身が直面している迷いや葛藤を、能力不足や性格の問題として片づけてしまうのではなく、「いまどのような発達上のテーマに取り組んでいるのか」という構造的な問いとして捉え直すことができるからです。この転換は、人材育成の質そのものを変えます。
ここで重要なのが、エリクソンや後述するコールバーグが位置づけられる、いわゆる「ハーバード学派」の特徴です。ハーバード学派とは、ハーバード大学を中心に形成された研究潮流であり、人の成長をスキルや知識の量的増加ではなく、世界の意味づけや価値判断の枠組みがどのように変化していくかという質的転換として捉えてきました。心理学・教育学・哲学を横断しながら、人の内面構造をインタビューや記述、対話を通して読み解くという解釈学的姿勢が、この学派の大きな特徴です。






