そこで、同社が新たなパートナーとして選んだのが、Ridgelinezだった。
「Ridgelinezからは、現場に入らせてほしい、現場社員の隣で業務を体感したいとの申し出があった。これは、ともに汗をかくいい機会になると考えた」(横須賀氏)
Ridgelinezは、従来のBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)とは一線を画す「BPT」(ビジネスプロセス・トランスフォーメーション)というアプローチを提案した。Ridgelinezの佐藤邦臣氏は、BPRが失敗する原因を「『As Is』(現状)業務の課題洗い出しから始めるため、現場社員の声に左右され、抜本的な解決策である『To Be』(あるべき姿)にたどり着けないことにある」と述べる。
対してBPTでは、まず変革リーダーとともに、経営視点から「あるべき姿」の仮説を定義することから始める。そのうえで、RidgelinezのメンバーがパナソニックISの一員として現場に入り込み、実際の業務を体験する。これにより、「あるべき姿」と現状とのギャップが明確になり、本当に解決すべき課題が浮かび上がってくるのだ。
パナソニックISの変革リーダーの一人である長谷川晃広氏は、「当初、現場社員たちの中には『Ridgelinezに何ができるのか』という懐疑的な目もあり、苦労されたと思う」と明かす。それでもRidgelinezのメンバーは粘り強く現場業務への理解を深めていった。半年ほど経つ頃には、現場社員から本音を引き出せる良好な関係が築かれた。
この変革で最大の障壁となったのは、やはり「総論賛成・各論反対」だった。長谷川氏が「『To Be』を現場レベルに落とし込むと、『いまのやり方と違うから無理』といった声が多く上がった」と語るように、現状維持バイアスが強く働いた。解決に特効薬はなく、各サービスの責任者やキーパーソンと一対一で対話を重ね、業務を「見える化」して具体像を示すなど、地道な努力を続けた。
Ridgelinez執行役員の島田裕士氏は、この変革を実現できた要因を、「横須賀さんをはじめとするチェンジリーダーが、『退路を断ってやりきる』と強い覚悟を示し、その意志を貫き通したこと」にあると分析する。そして、Ridgelinezはリーダーたちの初志貫徹に最後まで伴走し、困難な変革を支えた。
変革がもたらした成果と組織カルチャーの変化
BPTアプローチによる変革プロジェクトは、着実な成果を生み出した。定量的な成果としては、約11FTE(フルタイム当量)※の工数削減を見込んでいる。これまでインフラ担当者が手作業で行っていた見積もり業務について、利用者がセルフサービスで行える仕組みを導入したことにより、見積もりのリードタイムが1件当たり約16時間も短縮され、年間で約5万時間の削減効果が見込まれる。
※FTE(フルタイム当量):従業員の仕事量をフルタイム勤務に換算した際の人数を指す
真の成果はむしろ定性的な側面にあるのかもしれない。Ridgelinezの佐藤氏は、「重要なのは『パナソニックISの仕事が楽になるか』だけでなく、『真にパナソニックグループ全体の利益につながり、その先の消費者にメリットがあるか』という視点を持つこと」だと語る。今回のプロジェクトを通じて、こうした全体最適の視点を持つ人が増えた実感があるという。
パナソニックISは、この変革を一里塚とし、さらに高みを目指している。嵐氏は「散在していたデータを集約・構造化したことで、AIや自動化技術を導入し、意思決定の迅速化を進める挑戦に取り組める」と未来を語る。横須賀氏もまた、「今回の経験は、今後のパナソニックにおけるITのあり方として、さらなるスピードアップとアジャイルな取り組みの実行において非常に役立つ」と確信している。
パナソニックISの事例は、DXの壁に直面する多くの日本企業にとって、重要な示唆を与える。それは、単にきれいな絵を描くだけではなく、顧客と一体となって現場の課題に向き合い、ともに汗を流す「真の伴走者」の重要性である。そして、経営層と現場の変革リーダーが最後まで「あるべき姿」を諦めない強い意志こそが、組織を動かし、新たな競争力を生み出す原動力となることを証明している。
*Ridgelinezの島田裕士氏とパナソニック インフォメーションシステムズの長谷川晃広氏はオンラインで取材に応じた。
Ridgelinez株式会社
〒100-6922 東京都千代田区丸の内2-6-1 丸の内パークビルディング
URL:https://www.ridgelinez.com