サマリー:理念は押しつけても根づかない。対話を通じて社員みずからが意味を深め、広げていく実践手法や、「利益の松竹梅」「Human Co-becoming」など、行動変容を導く哲学的知見が凝縮された対談である。

インテグリティは、欧米の経営において重要視され、MBA(経営学修士)などでも必ず学ぶ概念とされる。だが、西洋由来のこの概念を日本企業に根づかせるのはけっして容易ではない。そのような中で電通グループは、インテグリティを中核に据えた組織風土改革に取り組んできた。それを掲げる経営は、企業に何をもたらし、どのように変えるのか。本稿は、改革を率いる綿引義昌氏(電通グループ 取締役 代表執行役 副社長)と、人間が「ともに変容する」あり方を問う哲学者・中島隆博氏(東京大学教授)の対話を通じて、インテグリティを基軸とする行動規範から利益の上げ方、そして人の評価・育成まで、経営に哲学を取り込むための実践知を探る。

押しつけでは人は動かない。「発見的」に根づかせる

綿引 dentsu Japan(国内電通グループ)では、東京2020オリンピック・パラリンピックに関わる一連の事案を契機に委員会を設置し、意識と行動の改革に取り組んできました。その改革の中核に据えたのが、「インテグリティ」を最優先する組織風土の定着です。この言葉を使い始めた当初は、従業員にとって聞き慣れないものでしたし、直訳しても意味をつかみにくいという難しさがありました。それでも改革を進めていくうちに、社内から「それってインテグリティの観点からどうなの」「インテグリティに照らすとまずいのではないか」といった声が、自然に出てくるようになりました。

 そもそも、インテグリティという言葉自体、解釈の幅が広く、どう判断し行動すればいいのかわからないという戸惑いも、最初のうちはありました。最終的には、一人ひとりが自分の中に基準を持つ過程が大切なのだということが、社内にだんだんと浸透し、腹に落ちてきたように思います。

中島 インテグリティは、西洋の根本概念の一つで、西洋社会の行動規範の核を成しているものです。それが日本の企業に取り入れられていくのは、とてもいいことだと受け止めています。もともとはラテン語で、イン(in)とタンゲーレ(tangere)を組み合わせた「触れるな」という意味の言葉です。外から触れられて壊されたりしない、他者を裏切らない——そうした含意がそこにはあります。ピーター・ドラッカーもよくこの言葉を使っていて、日本語では「真摯さ」「誠実さ」などと訳されてきました。間違いではないのですが、真摯さや誠実さというと、どうしても個人の内面の問題として理解されがちです。しかし、自分と他者との関係のあり方を示している概念こそが、インテグリティなのです。

綿引 インテグリティが非常に重要な概念であることは皆が理解していても、組織風土としては定着しにくいと思いました。そこで当社では、画一的な定義を一方的に伝えるのではなく、インテグリティについて自問したり、対話したりすることを促してきました。

 たとえば「こういう場面では自分だったらこうする」と役員や従業員に答えてもらい、それを「インテグリティヒントブック」としてまとめて、全員で共有しています。また、経営陣と従業員がインテグリティをテーマに語り合う対話会を定期的に開いています。これまで10回ほど私も参加していますが、「私はこう考えて行動しています」ということを自分から話していますし、従業員からも教えてもらっています。現場では少人数で対話集会を開いていて、一人ひとりがインテグリティの概念や体現の仕方を考える機会としています。そういう形で、組織風土として根づかせようとしています。

中島 組織として生まれ変わろうとしている時、インテグリティはとてもいいガイドラインになります。ただ、噛み砕いて腹に落とすプロセスが必要です。インテグリティを水戸黄門の印籠のように「これが見えないか」と振りかざしても、けっしてうまくいきません。これは一種の発見的な概念で、みんなが参加しながら、その意味をより深め、広げていく。そういう使い方がよいと思います。

 人は一人では深く考えないものです。複数が集まり、互いに頭を使い合う練習を重ねることで、初めて考えが深まります。ですから対話会は、インテグリティに貢献する場であると同時に、レッスンの場でもあるのです。上司が部下に一方的に考えを押しつける場ではなく、お互いに発見し合い、人と人との関係そのものを問い直していく。哲学で言う「行為遂行的な」場が大事だと感じます。

東京大学
東洋文化研究所 教授
中島隆博

 この点に関して私がよく思い出すのは、道元禅師の『正法眼蔵』にある「葛藤」という章です。葛藤というと、普通は断ち切りたいと思うものですが、道元はそうではないと言います。師と弟子が一緒になって葛藤の中へ飛び込んでいくと、葛藤がすーっと消えていく。一人でやってもだめですし、断ち切るのもだめです。二人以上で一緒に飛び込むしかないのです。

綿引 インテグリティが浸透している組織は、リーダーが部下の目線に立って仕事をしています。そして、リーダーと現場の間でさらにそれをリードする人が一人か二人くらいいると、非常にうまくいく傾向があると感じます。

利益の「松竹梅」、害を成さずに稼ぐ

綿引 当社は私企業であり、利益を追い求める存在ですが、利益の追求とインテグリティの間で迷う社員もいます。たとえば、売上げが伸び悩む商品の広告を手がけている時、収益化に苦しむクライアント様への提案が採用されたとします。その時、電通だけが利益を得てよいのだろうか。あるいは、自分たちが売りたい商品やサービスは、本当にクライアント様に適しているのだろうかといった悩みです。ただ、これは健全な迷いだと思っています。

中島 オックスフォード大学のコリン・メイヤー名誉教授と議論を重ねる中で行き着いたのは、「利益にも松竹梅がある」という結論でした。やはり「松」の利益を目指したほうがよいのです。メイヤーさんの言葉で言えば、それは「真の利益」、あるいは「害なき利益」です。害を与えない利益を目指すことこそ、これからの企業の使命ではないでしょうか。歴史を振り返れば、問題を生み出すことで利益を得てきた会社もありました。けれどそれは結局、自分の首を絞めるだけで、「梅」以下の利益です。

 そうではなく、問題を解決することで得る利益がよいのです。世界には社会課題が山ほどあり、困っている人がいます。それを個人にはできない規模で解決するのが、企業です。そもそもカンパニーの語源は、「パンを一緒に食べる人の集まり」です。人間は孤独になりやすいものですが、そんな人間が集まって、「この課題を解決してほしい」と信頼を受けて、利益を上げていく。インテグリティに基づいて自社と他者の関係を調整し、利益の質を上げていく。これこそが望ましいサイクルで、これからの企業は必ずそちらへシフトしていくでしょう。

綿引 問題をつくり出すのではなく、解決することで利益を上げるという考え方に、強く共感します。私たちは業界のリーディングカンパニーであり、マーケティングのプロですから、クライアント様の課題を見つけ、解決策を示す自信はあります。ただ、そこで一方的な提案に終わらせず、クライアント様と一緒に解決策を考え、私たちのアイデアを組み合わせて実現していく。その中でクライアント様の利益が上がり、我々も適正な利益を得る。そういう形にしていきたいのです。課題解決の実現力にさらにこだわりたいし、そうすれば電通グループの仕事のステージが一段上がり、我々の社会的な存在価値も高まると考えています。インテグリティに取り組むのなら、それくらいの高みを目指したいと思っています。

電通グループ 取締役
代表執行役 副社長
dentsu Japan COO
綿引義昌

Human Co-becoming——他者とともに人間的になる

綿引 インテグリティを人事制度と結びつけなければ浸透しないという意見もありますが、これが本当に難しい。評価制度は、どうしても短期的な成果に重きが置かれがちです。クライアント様と中長期の関係を築くことの大切さはわかっていても、現行の評価制度では短期の成果を評価せざるをえない側面もあります。

中島 私も東洋文化研究所の所長を務めていた頃、教員の評価に頭を悩ませました。教員には論文や著書の数といった評価指標がありますが、数が多ければいい学者かというと、そうとは限りません。質が厳しく問われますし、長い時間をかけて大作に挑む人もいます。その途中は成果がないように見えても、日々苦しみながら努力している。そういう営みこそ、評価すべきです。

 私が近頃考えているのは、その人が持っている「言葉」です。どんな質の言葉を使っているのか。人は言葉によって変わり、行為も考え方も変わっていきます。どれだけの言葉を持ち、それを説得的に展開できるか。「新しい言葉を得た」という感覚こそが、大事なのです。そうした言葉のダイナミズムを持つ人は、もっと高く評価されてよいのではないでしょうか。彼らは新しい概念の地平を開き、いい仕事をしてくれます。

 そしてもう一つ、私が近年強調しているのが「Human Co-becoming」、他者とともに人間的になっていくプロセスです。これは「Human Being」(人間存在)に対置される考え方です。人間は不完全で手がかかる存在で、だからこそ他者とともにしか人間的になれません。Human Co-becomingは古代中国の「仁」の翻訳語でもあって、仁という字は「人」に「二」と書きます。ですから仁は一人では成り立たず、他者との関係においてしか存在しえません。リーダーが一人で頑張るのではなく、何人かが「私もやります」と言えば、周囲も「じゃあ私も」となります。そうした集団があちこちに生まれていけば、ある時ふっと会社全体の風景が変わると思います。

綿引 かつて電通には、5年か10年に一度、大ホームランを打つタイプの人が結構いました。バントヒットを積み重ねる選手を評価するようなことになると、ホームランバッターが減ってしまうのではないかと心配です。

 私たちは「dentsu Leadership Attributes」(dLA)という6つの行動規範を定めていて、その一つに「自分より優れた人財を育成する」があります。自分の尺度だけで人を測るのではなく、新しい強みや力を受け入れることが大切です。そうすることで、チームとして解ける課題の幅が広がっていくと考えています。

21世紀のインテグリティ、規範としての「かっこよさ」

中島 哲学者のトマス・カスリスは、どんな文化にもインテグリティと「インティマシー」(親密性、内的な結びつき)が共存していると述べています。違いはそのバランスで、時代によっても変わります。たとえば裁判ではインテグリティが重要で、インティマシーが入り込むとうまくいきません。しかし、アパルトヘイト(人種隔離政策)後の南アフリカ共和国に設けられた「真実和解委員会」は、過去の罪を裁くだけでなく、差別をした真実を語れば許すという「修復的正義」によって、社会を修復しようとしました。あれはインティマシーを前面に出した試みです。

 日本社会はインティマシーに傾きやすい面がありますが、相手の懐に入り、エンゲージメントの質を高めるというよい面もあります。ですから、インテグリティを強調するからといってインティマシーを捨てるのではなく、インティマシーをアップデートする必要があると思っています。

綿引 当社はもともと、インティマシーが強い会社です。親密性を高め、同じ目標へ向かう雰囲気をつくるのが得意でした。それは一つの強みでしたが、一方で、異文化を受け入れにくくする面があったかもしれません。いまは、インティマシーの強い組織風土にインテグリティを取り入れ、より高いステージへ上がっていく途中段階だと考えています。

中島 私たちはいま、21世紀のインテグリティを考えなければなりません。古代中国では、仁と裏表の関係にある概念として「礼」(ritual)があります。礼は感情に基づく規範で、根本的には「かっこよさ」なのです。21世紀は、外的な規範としての礼とインテグリティが、重なり始めるのではないでしょうか。感情は外から触発されて初めて生じるもので、一人では生まれません。インテグリティもまた、他者との関係のあり方です。この議論は最終的に、内面性を飛び越えて、身体や感情に根差した規範の再構築へ行き着くと見ています。

 インテグリティも、一つの「かっこよさ」です。船が荒波を無事に乗り越えたら、かっこいいでしょう。それを追求するには、クリエイティビティが必要です。旧態依然としたものを守るだけでは、かっこよくありません。

 美学(aesthetics)はギリシャ語のアイステーシス(感じる)に由来します。人間の感じる力を洗練させ、アップデートしていく——そこにこそ、クリエイティビティの核心があります。AIには身体も感情もありません。そこが、人間との違いです。

綿引 当社でも、インテグリティを掲げることがある種「気恥ずかしい」ものだった時期から、それを実践するのが「かっこいい」という感覚へ、現場の会話の中でも変わりつつある気がします。

 大事にしたいのは、2つです。1つは、社会の問題を解決することで利益を得ていく存在へとさらに進化することです。顧客の本質的な課題を解決し、互いに適正な利益を得ていきたいと思います。もう1つは、「制度設計から実践へ」ということです。インテグリティを考える仕組みやガイドラインをつくるだけでは、意味がありません。これからは、どんどん実践へとシフトしていきたいと思っています。

 

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