ヘルファット教授とウインター教授による批判

 ヘルファット教授とウインター教授は、オーディナリー・ケイパビリティとダイナミック・ケイパビリティを次のように定義した。

 オーディナリー・ケイパビリティとは、同じ顧客に同じ製品・サービスを提供するために、同じ技術を使い、同じ規模で企業が活動する能力のことであり、現状を維持する能力という意味で、オーディナリーだという。それは、また安定した状態に対応する能力であり、 ルーティンをつくる能力でもある。さらに、それは企業の利益最大化行動に関わるルーティンを形成する能力でもある。

 これに対して、ダイナミック・ケイパビリティとは、大きな変化に対応して企業の活動全体を変えたり、企業活動を拡張したりする能力のことである。それゆえ、既存のオーディナリー・ケイパビリティも変化させる能力である。この意味で、ダイナミック・ケイパビリティはオーディナリー・ケイパビリティよりも高次のメタ・レベルのケイパビリティであるといえる。

 以上のような2つの能力の違いを説明するために、ティース教授が好んで使う言い回しがある。すなわち、オーディナリー・ケイパビリティとはものごとを正しく行う能力であり、ダイナミック・ケイパビリティとは正しいことを行う能力のことだという。

 このように、一般的には2つのケイパビリティは区別されている。しかし、ヘルファットとウインターによると、実は2つの能力は明確に線引きできないという。なぜなら、変化というものは常に起こっており 、常に現実は大なり小なり変化しているからである。したがって、オーディナリー・ケイパビリティでも、実は絶えず小さな変化に対応しているのであり、その能力の下に企業は変化に対応することができるのである。

 ヘルファット教授とウインター教授は、これら2つのケイパビリティの違いは本質的なものではなく、程度の差にすぎないという。あるいは、それらは近くから見るか、遠くから離れて見るかの差であり、1つの能力がダイナミックに利用されたり、 オーディナリーに利用されたりするにすぎないという。したがって、ダイナミック・ケイパビリティ論は独自に研究する必要はなく、従来のケイパビリティ論の範囲で研究すればいいわけである。ダイナミック・ケイパビリティは、変化が大きい場合に対応するケイパビリティにすぎないのであって、決して特別なものではないということになる。

 しかし、ティース教授は、やはりオーディナリー・ケイパビリティとダイナミック・ケイパビリティは本質的に異なる能力であり、それゆえダイナミック・ケイパビリティは独自に研究されるべきものだと主張する。ではなぜ、両者を区別する必要があるのだろうか。ティース教授はこの疑問に十分答えていない。