
コロナショックは、グローバルに広がったサプライチェーンを各所で分断し、多くの企業に打撃を与えた。これまでにも自然災害や事故でサプライチェーンが局所的に機能しなくなる例はあったが、今回のように人やモノの移動が極端に制限され、世界規模で物流が機能不全に陥ったのは、まさに未曾有の事態といえる。この危機的状況において浮き彫りになったのが、非常時に素早く全体を俯瞰し、正確な情報に基づく意思決定ができない日本企業の姿だ。その背景には、サプライチェーンマネジメントを時代に合わせてアップデートできていないという課題がある。

Toshihiro Fujioka
外資系ERPベンダーから、大手コンサルティング会社を経て現職。一貫してSCM領域の業務/組織/システム設計・導入に従事。S&OP構築、SCMのdX戦略企画・推進に関わるプロジェクトの経験を豊富に持ち、SCM領域のEnd to End改革の支援、マネジメントに強みを持つ。
コロナショックが明らかにした企業のSCMの巧拙
新型コロナウイルスの存在をWHO(世界保健機関)が正式に確認したのは2020年1月14日。同月23日には感染拡大の震源地となった中国・武漢市が都市封鎖され、その影響は全世界に及んでいった。多くの企業が状況を見極められずに右往左往する中、アップルが2月17日(米国時間)、1〜3月期の業績の下方修正をいち早く発表したことは、サプライチェーンマネジメント(SCM)を専門とするコンサルタントとして、非常に印象深いニュースだった。
アップルは、かねてから巧みなSCMで注目されてきた企業であり、平時においては主にモノを動かす仕組みのダイナミックさや、オペレーション効率の良さによってその価値が語られてきた。そのSCMが非常時の情報マネジメントにおいても十分に機能し、サプライチェーンの状況をリアルタイムに把握した上で向こう数カ月の業績を即座に予測できるレベルにまで高度化されているという事実が、このエピソードで示されていたからだ。
一方、日本企業の動きは鈍かった。まず正確な状況把握に手間取り、具体的な対応策を打ち出すにはさらに時間を要した。ようやく状況説明を行う企業が増えてきたのは、日本政府が緊急事態宣言を出した4月以降のことだ。
グローバルに拡大したサプライチェーンを活用してビジネスを展開する企業は珍しくないが、現場からリアルタイムに情報を得て経営上の意思決定にアジャイルに生かすことができるアップルのような企業はまだ希少だ。もちろん、1カ月前のデータを集められる、という企業ならある。しかし、その程度のスピードでは、工場の生産量や人員体制の調整はできても、その影響が事業全体のどこにどう出るかを予測して適切な手を打つことは不可能だ。実際に、コロナショックでサプライチェーンの情報の統合不足を痛感した経営者は多かったのではないだろうか。一部の先進的なグローバル企業と、それ以外の企業とのSCMの巧拙の差は想像以上に大きく、コロナショックはその事実を図らずも明らかにしたのである。
日本企業がSCMを経営に活用し切れていない理由
日本企業がサプライチェーンから得られる情報を十分に経営に生かせていない理由として、まず挙げられるのが「デジタル化の遅れ」だ。といっても、クラウド、3Dプリンター、各種センサー、ロボティクスといった個別のデジタル・テクノロジーの導入に対する意欲が低いわけではなく、実際にそれらは個々の現場に導入されて成果を上げている。ただし、そうしたデジタル・テクノロジーの活用から得られる膨大なデータの多くは他部門に共有されずに死蔵され、有効に活用されていないことが問題なのだ。この要因の一つには、日本企業が従前から課題としているサイロ化された組織がある。本来は、デジタル・テクノロジーの活用で得られるデータを組織横断的に共有することでインサイトを創出し、経営に生かしてこそ、dX(デジタルトランスフォーメーション)と呼ぶに値するのだが、課題である組織構造により分断され、その段階に至っていない企業が多いのが現状だ。
デジタル化以前に、カルチャーの問題もある。日本企業はサプライチェーンを「コストセンター」と見なす傾向が強く、SCMの名の下に、在庫削減や人員削減といったコストカット施策ばかりを打ってきた。欧米のグローバル企業に比べると、サプライチェーンの最適化を通じて付加価値を創出しようという戦略的発想に乏しいのだ。現場主導の業務改善を原動力に、リーンな生産体制を構築することを良しとした日本企業らしいカルチャーが、グローバル時代にふさわしいSCMへの進化を阻む足かせになっていることは否めない。