新規事業やイノベーションの必要性が指摘されて久しい。2010年代、日本でもオープンイノベーションが注目されたが成果に乏しく、多くの企業がコロナ禍で活動の見直しを迫られている。新規事業創出に詳しい早稲田大学商学学術院の井上達彦教授に、不首尾の原因や成否を分けるポイント、日本企業への処方箋などを聞いた。
なぜ新規事業やイノベーションが成功しないのか。早稲田大学商学学術院の井上達彦教授は、大手メーカーで長年コーディネーターを務めてきた経験を踏まえ、「日本でも技術革新は生まれているが、ビジネスモデルのパラダイムシフトが起こっていない」と言う。
技術革新にとどまり
ビジネスモデルに至らない
電球の発明者はトーマス・エジソンだと思っている人は多いが、電球自体はジョゼフ・スワンが発明した。エジソンは電灯というシステム(インフラ)を開発し商用化した人物だ。一つの技術革新だけでなく、実装を含めインフラとして開発し、社会的な意義や価値を持たせなければ、イノベーションにはならない。日本企業はスワンにはなれてもエジソンになれていないのだ。
背景にはさまざまな原因がある。「日本企業は製品力の強みを生かした物販で成長して来ました。シュムペーターによれば、イノベーションは既存のもの同士の思ってもみなかった新しい組み合わせ=”新結合”が新たな価値を持った時に起きる。遠いところにあるもの同士が結びつく環境が必要です」。しかし、ものづくりではサイロ化構造が強く、部門内の最適化を目指す製品プロセスや生産プロセスのイノベーションを起こせても、部門をまたいだビジネスモデルのイノベーションが起きにくくなっているという。

井上 達彦
Tatsuhiko Inoue
1997年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了、博士(経営学)。広島大学社会人大学院マネジメント専攻助教、早稲田大学商学部助教授(大学院商学研究科夜間MBAコース兼務)などを経て、2008年より現職。研究分野は、ビジネスモデルと競争戦略。代表著書に『ゼロからつくるビジネスモデル』東洋経済新報社。
事業部門ごとの業績管理が厳しいため、「自部門の利益にならないことをあえて他部門と協力してやろうとは誰も思わない」構造も影響している。短期的利益を優先し「損して得取れ」の精神も生まれにくい。事業単体が赤字でも、データを蓄積して活用すれば収益可能性が広がる、といったビジネスモデルづくりができないのだ。
日本では、長らく自動車産業のマネジメントが経営のスタンダードだった。これに対し中国や欧米の先進的な企業はネット上のプラットフォームマネジメントが主流だ。オープンネットワークにおいて種々の事業が融合し、新結合が促され、エコシステムも形成される。プラットフォーム型事業が苦手な点も日本が後手にまわっている理由だ。
プラットフォーム型に必要なのは「標準化」である。「日本は同質的な集団のため、暗黙知の継承でパフォーマンスを上げられますが、標準化はそれとは正反対で、誰もがわかる明確な説明や言語化が要求されます」。完璧な製品にしてから外に出すべきとの思い込みや失敗を許さない風土も、試行錯誤を繰り返して経験を蓄積する習慣をはばみ、現在のビジネス潮流である「小さく、速く、賢く事業を興す」リーンスタートアップ方式(以下リーン方式)になじまない。
そもそも新しい市場にデータはないので、いったん市場にプロトタイプを出したほうが安く速く良質なデータが集まる。だが、日本では市場調査を行って計画を立てるアプローチが好まれ、「失敗してもいいから実行する、プロトタイプをつくってみる」というフェイズになかなか進まないのだ。