なぜ企業は存在するのか──。
ESG(環境・社会・ガバナンス)やCSV(共通価値の創造)への対応が経営の必須課題となる中で、企業のパーパス(存在意義)が改めて問われている。なぜパーパス経営が求められるのかを腹落ちするまで理解し、それを実現するにはどうすればいいのか。『パーパス経営』の著者である一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏をモデレーターに迎え、フィリップ モリス ジャパンのエグゼクティブ・アドバイザーを務める井上哲⽒、アクセンチュア マネジング・ディレクターの宮尾大志氏が議論を交わした。

*本稿は、ダイヤモンド社が主催したオンラインフォーラム「未来を問い直すパーパス経営の実践」(5月25日配信)において行われたパネルディスカッションを基に、再構成した。

自社製品が及ぼす社会課題に真正面から向き合う

左より一橋大学・名和、フィリップ モリス ジャパン・井上、アクセンチュア・宮尾の各氏
(オンラインフォーラムの配信画像より)

名和 いま、なぜパーパス経営が求められているとお考えでしょうか。

井上 フィリップ モリスは1847年に創業し、100年以上にわたって紙巻たばこを売ってきました。一方で、20世紀後半から、紙巻たばこによる健康問題が世界的な社会課題となる中で、今世紀に入り、我々は率先して喫煙と健康の問題を真正面から捉え、解決策を探し求めてきました。その結果が加熱式たばこ「IQOS(アイコス)」の開発です。それに限らず、喫煙の害を減らすというテーマに一貫して取り組んでいます。

 自分たちがずっと売り続けてきた商品そのものが社会課題の大きな要因であり、それをみずから問題提起し、解決策を導き出そうというビジョンを掲げてコミットし、事業変革に邁進していく。そのことが我々の存在意義に密接に関係しているという文脈で、パーパス経営が現在も、そして今後に向けても重要だと考えています。

宮尾 デジタルやSDGs(持続可能な開発目標)といったキーワードに代表されるように、企業経営を取り巻く環境が大きく変化する中で、多くの企業が改めてみずからの目的やパーパスを再定義しなければならない状況を迎えています。

 実はアクセンチュアもパーパスを再定義し、新たなブランド化を進めているところです。すでに人口の過半数を占めるジェネレーションZやαといった若い世代は特にパーパスを重視する傾向にあります。消費者としても、従業員としても、投資家としても彼らの影響力は大きく、企業にとってパーパス経営はもはや不可欠と言えます。

名和 紙巻たばこというと、健康に対してどうしてもネガティブなイメージがあります。フィリップ モリスの場合、マイナス要素がない製品を開発することが存在意義につながると考えたのですか。

井上 たとえば、フィリップ モリスがたばこ事業から撤退し、まったく違う会社になることも理論上はあり得ますが、フィリップ モリスがコミットしているのは別のアプローチです。

 世界中に10億人の喫煙者がいて、たばこは合法的な嗜好品であり、政府にとっては大きな税収をもたらします。一方で、健康の問題もあります。こういう非常に複雑な商材で我々は長らく事業展開しており、世界のリーダーとして社会や喫煙者に対する責任もあります。たばこ事業から撤退して責任を放棄するのではなく、世の中にたばこが存在し、たばこが生み出す社会課題がある限りは、我々が先陣を切って、少しでもその社会課題を解決に導いていくことに当社の存在意義があると考えています。

名和 イノベーションとリノベーションという考え方がありますが、ゼロからイチを生み出すイノベーションは、世の中にそう多くはありません。少しずらしたり、いろいろなものを新たにくっつけたりして生まれるリノベーションのほうが、圧倒的に成功率は高いでしょう。

 ですから、突然変異を考えるよりも、うまく進化させることが大事だと思います。フィリップ モリスのように歴史のある企業にとっては、いきなりAからBに変身することはできませんから、世の中に対する責任を果たしながら、少しずつ変わっていくことは、企業市民としても大事な役割だと思います。

井上 たばこに反対される方がよく使う英語の表現で、「クイット・オア・ダイ」というのがあります。禁煙するか、もしくはたばこを吸い続けて死ぬか、選択肢は2つですという意味ですが、我々からすると、そうではありません。

 確かに禁煙はベストだけれど、吸い続ける方に対してはベターチョイスがあってしかるべきです。これがハーム・リダクションの考え方です。たばこを吸う方一人ひとりが、より良い選択肢に変えることで喫煙者自身の、そして社会全体としてのハーム(害)を減らしていける。そうした考えをもっと広めていきたいと思っています。

宮尾 伝統的な大企業ほど、これまでの歴史があるがゆえに、ゼロから一足飛びにイノベーションを起こすのは容易ではありません。突然変異を目指すよりもいまを進化させることに知恵を絞ることが有効で、そこで立ち戻るべき企業の普遍的な道標が企業のビジョン、ミッションだと考えます。実は最近も、クライアントの中期経営計画を経営陣と議論する中で、行き詰まったときに企業理念に立ち戻って、考えたことがあります。

 自社がやるべきことは何か、原点はどこかを問うとき、あらゆるキーステークホルダーの声をよく聞き、単なる回顧主義にならないよう心掛けることも肝要です。新しい技術に投資したり、外部のパートナーと連携したりするなど、さまざまなやり方が考えられますが、いま一度原点、すなわちパーパスを見つめ直すことが大事ではないでしょうか。