AI(人工知能)の研究、AIのビジネス活用という第1ステージ、第2ステージでは、日本は米中に遅れた。しかし、社会課題解決へのAI活用という第3ステージでは、まだ勝者は決まっていない−−。AIを用いた社会課題の解決を目指すエクサウィザーズ社長の石山洸氏は、そう語る。

第1、第2ステージで研究・活用されたのが文明的AIだとすると、第3ステージで求められているのは文化的AIであり、そうしたAIの進化では人や環境を大切にし、どれだけ優しくあることができるかがカギになると石山氏は見ている。

DX(デジタル・トランスフォーメーション)におけるHX(人間としての体験)の重要性を唱えるDeloitte AI Institute所長の森正弥氏は、石山氏のこの考え方に深く共感する。ミクロの事業活動とマクロの社会課題の相関をデータで可視化できるようになった時代のAIの進化について、両氏の見解を聞いた。

超高齢社会から脱炭素まで、AIで社会課題を解決

 エクサウィザーズは、「AIを用いた社会課題解決を通じて、幸せな社会を実現する」というミッションを掲げていますが、具体的な事業内容について簡単にご紹介ください。

石山 我々は、社会にきちんと実装されて社会課題を解決し、使われ続けるようなAIを提供していきたいと考えています。

 事業領域は2つあります。一つはAIプラットフォームビジネス、もう一つはAIプロダクトビジネスです。前者のAIプラットフォームビジネスでは、顧客企業の経営課題に向き合い、我々が提供するAIプラットフォーム「exaBase」(エクサベース)を使って解決していきます。そうした中で汎用的な課題を抽出し、SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)プロダクトをつくっていくのがAIプロダクトビジネスです。

 たとえば、エネルギーセクターのようにプレーヤーの数が限られる成熟産業については、AIプラットフォームを活用しつつ一部をカスタマイズしながらAI導入、DX(デジタル・トランスフォーメーション)推進などを通じて全社課題の解決、顧客価値の最大化を支援しています。

 一方、我々は超高齢化社会の課題解決に注力していますが、介護施設だけでも膨大な数があります。その一つひとつにカスタマイズして現場の課題解決をするのは難しいので、汎用的な課題に対してAIプロダクトをつくって、それをスケールさせることでそれぞれの施設に共通する課題を解決しています。

 そのように、脱炭素や超高齢社会といった構造の異なる社会課題に対して、プラットフォームとプロダクトを使い分け、それぞれの事業を通じて蓄積したデータやノウハウを互いに還元させながら課題解決を進めています。

 介護の現場を例に取ると、AIが入ることでどのような課題を解決できますか。

石山 たとえば、ベテランの介護者と初心者の動画を分析して、科学的な介護とは何かを分析したりしています。被介護者との目線の合わせ方や触れ方、話し方など一つひとつの動作を分析すると、科学的な介護とそうでない介護とでは、認知症患者の行動・心理症状に統計的な有意差がはっきりと出ます。しかも、介護する側も負担感が改善されることが明らかになっています。

 科学的な介護を広く推進していくために、我々は介護記録AIアプリ「CareWiz ハナスト」というSaaSのプロダクトを開発しました。介護者が「〇〇さん、朝食、全量摂取完了」といった介護記録をインカムに話すだけで、スマートフォンをポケットに入れたままAIが介護記録に関連する言葉だけを読み取り、自動で記録する仕組みです。音声認識で98%の精度が出れば、1日の労働時間がスタッフ1人当たり約40分効率化できることがわかっています。

 石山さんご自身が、社会課題の解決を標榜するエクサウィザーズを創業したのは、自然な流れだったのですか。

石山 もともと社会科学に興味があって、学生時代から社会科学にデータサイエンスやAIを活用して、社会課題を解決することをテーマに研究してきました。専門領域は「マルチエージェント・シミュレーション」で、金融や経済など多数の主体が互いに干渉を受けながら行動している複雑な現象について、その仕組みを解析したり、行動を予測したりする研究です。

 修士課程でやっていた研究の一つは、プログラミングに詳しくない学校の先生が、教育用のオンラインゲームを簡単に作成できる環境の開発で、生徒とAIがオンラインで対戦できるようにして、過疎地の学校の生徒でも教育ゲームを楽しめるようにする環境をつくっていました。

 大学院を卒業した後は、学生時代から仕事を手伝っていた縁もあってリクルートホールディングスに入社し、インターネットのアクセスログの解析とか、AI研究所を立ち上げて初代の所長をやったりしましたが、やはり社会課題の解決にチャレンジしたくなって、エクサウィザーズを立ち上げたという流れです。