今や世界中の企業が、SDGsやESGを、企業価値を高める指標として強く意識するようになった。日本でも、これらを経営に取り込んだ「SDGs/ESG経営」を推進する企業が出てきている。ただし、新しい経営モデルを実践するには、新しいテクノロジープラットフォームが必要である。今回は、クラウドというテクノロジーに焦点を当て、クラウドが持つ可能性がSDGs/ESG経営をどのように支えていけるかについて、東京大学大学院教授の江﨑浩氏、損害保険ジャパン取締役専務執行役員CIOの浦川伸一氏、デロイト トーマツ コンサルティング(以下、デロイト)執行役員の守屋孝文氏の3人に話を聞いた。

日本におけるSDGs/ESG経営の取り組み状況

――SDGs/ESG経営に向けた取り組みが世界的に進行しています。SDGs/ESGを取り巻く状況や、皆さまが携わられた取り組みについてお話を聞かせてください。

江﨑 私は15~16年前から、地球環境に配慮したグリーンシティーやスマートビルの実現に取り組んできました。2006年に竣工した東京・港区のソニーシティ(ソニーグループ本社ビル)は代表例です。しかし当時は、われわれが目指すところにテクノロジーが追いついていませんでした。2011年、東日本大震災が起きて電力供給が逼迫する中、環境に配慮したビルづくり・町づくりは大きく進化しました。例えば東京大学は、もともと都内で一、二を争う電力消費量の高い組織でしたが、キャンパス全体の抜本的な省電力化に取り組み、デジタルテクノロジーを用いて「電力消費量30%節減」を達成しました。データセンターとクラウドが節電に大きな貢献をすることを実証することができたのです。データセンター利用で15%、クラウド利用で40%の節電が可能となりました。

東京大学大学院情報理工学系研究科 教授
江﨑 浩
九州大学工学部修士課程修了。東芝などで勤務後、米国・コロンビア大学客員研究員、東京大学大型計算機センター助教授などを経て現職。専門は情報通信工学。次世代インターネットの規格策定からネットワークの実践応用まで、研究・活動範囲は多岐にわたる。デジタル庁Chief Architectをはじめ各種組織・団体の役員も務める。

浦川 損保ジャパンは、SDGsおよびESG経営を「CSRの一環」という位置付けから昇格させて、経営課題の中核に据えました。2021年から3年間の中期経営計画でも、「SDGs経営が経営基盤である」とまず標榜しています。推進にあたっては、SOMPOグループ全体で取り組む社会課題、戦略・アクションを明確化し、それぞれの優先順位とKPIを定め、日々のスコアリングを通じて、経営のフレームワークに組み込んでいます。

守屋 SOMPOグループのように、SDGs/ESGに企業の成長や社会課題の解決をリンクさせて取り組み、成果をあげている企業がある一方で、ESG経営を標榜すれば企業行動が正当化されると思い込んでいたり、SDGs/ESG経営は観念的な理想論であるととらえている企業もまだ少なくありません。そこで注目すべきなのが、SDGsを実践する上で目指すべき社会の姿として定義されている「Society 5.0」です(コラム参照)。これは「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」のことですが、こういった未来のビジョンとひも付けてESGを整理することが重要になります。つまりSDGsとSociety 5.0を連携させた「日本企業独自の成長モデル」を作り上げて、成長と社会課題の解決の両立に取り組んでいく必要があります。

浦川 2016年にSociety 5.0のコンセプトが発表されてすぐ、経団連はタスクフォースチームをつくってその実現に向けた研究を行い、2018年、「Society 5.0-ともに創造する未来-」という提言を出しました。Society 5.0とSDGsの目指すところはリンクしているという認識を「Society 5.0 for SDGs」と表現しています。

Society 5.0とは
狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に次ぐ第5の新たな社会として、日本政府が提唱する未来社会のコンセプト。「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society)」と、内閣府が策定した「第5期科学技術基本計画」で定義されている。IoT(Internet of Things)、AI(人工知能)、ロボット、自動走行車などの技術と社会の変革(イノベーション)によって、希望の持てる社会、世代を超えて互いに尊重し合える社会、一人ひとりが快適で活躍できる社会の実現を目指す。