人を大事にするのはもともと日本企業の強み
鈴木 日本の場合、新たな取り組みを行うモチベーションは、国や行政が大々的に推奨するか、海外の一流大手企業がやっているから……みたいなことがきっかけになる場合が多いですからね。
ダイバーシティを推進することが競争戦略として本当に正しいのかどうか、経営層の間でも納得し切れていない部分があるのかもしれませんね。
高田 ですが逆に、日本企業はもともと経営思想としてニューロダイバーシティ的な視点を持っていたと思います。
鈴木 そう。いま、人を大事にする人的資本経営の重要性が叫ばれていますが、本来は日本企業の強みでした。
高田 ITだけとか、狭いところで留まっているのはもったいない。
鈴木 つまるところ、これからの人材活用は「個別最適化」ですね。日本の大企業は、極論を言えば、学歴とSPIだけで、“粒揃いの人材”を採用してきました。しかも、新卒で総合職採用が中心です。人口減少が進む中、これからはいろいろな配慮をしながら一人ひとりが才能を発揮しやすい環境に全社を挙げて最適化していくべきです。それはレンガではなく、一つひとつ大きさが違う石を積んで石垣をつくるような経営です。
高田 日本は産業構造的に製造業が牽引してきたので、みんなが効率よく動いて、「回れ右」と言われたらいっせいに真後ろを向けるところが強みではありました。それでは勝負できなくなったいまの時代、ダイバーシティを理解し、取り組むことの重要性がますます高まっているといえそうですね。
障害者雇用からでよいのでニューロダイバーシティの第一歩を
鈴木 個別最適化という視点で考えると、多くの企業は十分に対応できてはいません。ということは、ニューロダイバース人材を含め、社内にいる人材を無駄遣いしているかもしれない。あるいは、潰しているかもしれない。もっと才能を発揮できる人材が社内外に存在するのではないか、ということに気づいてほしいですね。
たとえば、子育て中で急に帰らないといけないとか、親の介護が大変とか、そういった方々が働き続けられるような仕組みはある程度実現している。ニューロダイバース人材が必要とする最適化とは、それらの延長線上にあるものだと思います。
高田 ニューロダイバース人材を個別にサポートし、いいところを伸ばしていくようなマネジメントが必要だという点には、経営者の皆さんもイエスと言ってくれます。けれども、それが売上高や利益、株価などに直結するのか、という点で悩んでいる。これはSDGs(持続可能な開発目標)にも当てはまる点だとは思いますが。
鈴木 株主を意識する経営者としては、ダイバーシティを進めることが本当に競争戦略として正しいのかまだ迷っている状態で、なかなか気が回らないのかもしれません。
ですから、ニューロダイバーシティもしばらくは「法的に求められる障害者雇用を行う」という動機でも仕方ないことだと思います。
高田 そうですね。まずは、発達障害の当事者、ニューロダイバース人材に会ったり触れ合ったりする機会を持つことが重要ですね。
以前実施した調査では、若い人ほど自分が働いたり買い物をしたりする企業のダイバーシティに対する取り組みへの関心が高いことが分かりました。若い世代こそ、ニューロダイバーシティが広まっていくカギになるように感じています。
鈴木 障害者雇用で、発達障害の特性があるニューロダイバース人材への合理的配慮などを通じ、個別最適化に関して実際に学んだあと、ニューロダイバーシティを含むダイバーシティを経営戦略の一環として位置づける段階に進むのではないかと思います。
【プロフィール】
野村総合研究所 メドテックコンサルティング部 グループマネージャー 高田篤史氏
Atsushi Takada
2008年東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。味の素、味の素製薬(現EAファーマ)で医薬品の研究職・臨床開発職を経て、2017年野村総合研究所入社。デジタルヘルスに関する支援を中心とする企業・官公庁の戦略コンサルティングに従事しつつ、企業のニューロダイバーシティ活動の社会啓発・調査研究に注力。自身も発達障害児を持つ父親。
Kaien 代表取締役 鈴木慶太氏
Keita Suzuki
2000年東京大学経済学部卒業、2009年ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院(MBA)修了。長男の診断を機に、2009年発達障害に特化した就労支援企業Kaienを起業。近著は『フツウと違う少数派のキミへ:ニューロダイバーシティのすすめ』(合同出版)。著書のほか、日本精神神経学会、日本LD学会等での登壇、専門誌への投稿も多数。元NHKアナウンサー。