金融工学が企業経営に応用される時代

 成功者と呼ばれるビジネス・リーダーたちは、顧客、サプライヤー、従業員、そして株主とのリレーションシップを長期的に継続しているものだ。

 このような成功者たちは、自社のコア・コンピタンスを維持すると同時に、より質を高めるための投資を怠ることはない。しかも、何らかの障害――それがたとえ短期間で解決できるようなものであっても――が発生した場合、長期経営計画に悪影響を及ぼさぬよう、迅速に対処している。

 戦略が立案され、実行されていく際、経営者は、マーケティングから製造に至るあらゆる事業活動において、その道のスペシャリストたちの専門能力に依存しているものだ。「金融工学」(ファイナンシャル・エンジニアリング)は新しい専門技術であるため、その専門家が戦略上の目標を達成するうえで多大な貢献をもたらすことに気づいているシニア・マネジャーは、いまだ少数である。しかし、その数は着実に増加している。

 これらのシニア・マネジャーたちは、金融工学というものが、コンピュータの低コスト化といったイノベーションと同じく、事業活動のコストを低減させるばかりか、新商品や新サービスを開発する、あるいは新市場を開拓するうえで、多いに貢献する可能性を秘めていることを理解している。

 金融工学――たとえば、高度なリスク・マネジメント、カスタマイズした金融商品を開発するためのデリバティブ(金融派生商品)の利用――が、戦略上の目標を達成することを推し進めると考えられているが、この考え方は、新聞紙上を賑わす最近の記事が与えている印象とは矛盾するかもしれない。新聞記事の多くは、財務部門のトレーダーたちは、利回り曲線の変化や為替相場の変動に〝投機〟するために、デリバティブを利用していることを報じているからだ。

 これらの投機行為は事業戦略に基づいて実行されたわけではない。加えて、シニア・マネジャーは、このような行為が財務部門のとりわけ目の届かないところで決定されていたがゆえに、気づかなかったようだ。誤った賭博行為が発覚したとき、その企業は数百万ドルもの損害を被り、取締役はその職を失うことになる。

 経営者は、このような災難を回避しようと真剣に考えるならば、過去の教訓に学ぶ必要がある。しかし、このように説明すればするほど、だから金融機関ではない事業会社は事業目標の達成のために金融工学を活用しない、また積極的に利用すべきではない、という印象を与えてしまう。実は、これは間違いである。

 新技術の欠点を理解しておくことは当然重要だ。しかし、その隠された価値を理解せぬままにいることは、近視眼的な思考であり、最悪の場合、危険ですらある。あなたが能動的に行動する経営者と自負しているならば、金融工学という有望かつ革新的な技術を利用して、成功したライバルの一歩先を進まなければならないだろう。

 ただし、不幸なことに、その成功物語の一部始終が語られることはない。よしんば語られたにしても、「とあるリーディング・カンパニーは金融工学を利用して、古くて新しいビジネス上の難問を解決した」という程度の情報しか得られないだろう。