誤った意思決定を導く思考回路に組み込まれた陥し穴

 意思決定は、すべての経営者にとって最も重要な仕事である。それは大変難しく、また大きなリスクを伴う。間違った意思決定のために、事業が暗礁に乗り上げることもあれば、自分自身のキャリアに取り返しのつかないダメージを被ることもある。では、なぜそんな間違った意思決定を下してしまうのだろうか。

 多くの場合、意思決定のプロセスに問題が潜んでいるといわれている。他の選択肢が明確に提示されなかった、正しい情報が入手できなかった、費用対効果がきちんと計算されなかった、等々である。

 しかし、間違いはこうした問題に起因するのではなく、むしろ意思決定者の心の中に潜んでいることのほうが多い。人間の頭がどのように働くかによって、その意思決定が台無しにされてしまうことすらあるのだ。

 人の精神状態が意思決定時にどう作用するかが、半世紀にわたって研究されてきた。意思決定時につきものの煩わしさを対処するにあたり、我々が知らず知らずのうちに、所定の思考回路に従っているということが、研究室での研究でも、フィールド調査による研究でも証明されている。ヒューリスティクス【*】(Heuristics:発見的解決法)として知られる、問題を解決するためのこの所定の思考回路は、ほとんどの場面で使われている。

 たとえば、距離を見極めるのに、明瞭に見えるかどうかが、近距離にあるかどうかの判断基準になってしまう。物体がはっきりと見えれば見えるほど、我々はその物体が近距離にあると思いがちなのである。また一方で、輪郭がぼやければぼやけるほど、遠距離にあると判断しがちだ。こんな簡単な思考回路が頭の中にできあがると、「距離判断」、つまりその場の状況に応じた臨機応変な判断がスムーズにできるというわけだ。

 しかし、ほとんどのヒューリスティクスのように、距離判断に関するヒューリスティクスも、どんな状況にでも必ず応用できるというわけではない。普段より頭が働かない日もあるだろう。そんな日には、視界に入るものが実際より遠くにあると考えるよう、我々の視覚が思考を誘導してしまいがちだ。ただし、そんなちょっとした目の錯覚は、たいていの者にとってはたいした危険ともならずに済んでいるので、無視してもかまわないかもしれない。

 だが、これが飛行機のパイロットともなれば、少しの歪みでも大惨事を招きかねない。だから、パイロットは各自の視覚に加えて、距離を客観的に測定する機器を使えるように訓練を受けるというわけだ。

 意思決定を行う際に我々が犯しがちな過ちについては、さまざまな研究者によってすでに明らかにされている。たとえば、距離判断に関するヒューリスティクスのように、人間の知覚は絶対に正確というわけではないし、また、先入観に邪魔されて正しく物事を認識できないこともある。あるいは、たまたま自分の思考が世間の常識からずれてしまっていた、ということもあるだろう。

 しかし、このような陥し穴がなぜそんなに危険かというと、すべてを目で見て確認することができないからだ。我々の思考回路にこうした陥し穴がすでにしっかりと組み込まれてしまっているので、たとえその穴に落ちていく途中であろうとも、落下中だとは認識しづらいのである。