-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
-
PDFをダウンロード
情報財にもこれまでどおり市場原理が働く
1986年にナイネックス社【*】は、ニューヨーク地域のすべての電話番号を収載した世界初のCD-ROM版電話帳を発行した。これは1枚1万ドルで、FBI(連邦捜査局)、IRS(米国国税庁)をはじめとする公的機関や大手企業に販売された。当時、ナイネックス社で担当役員に就いていたジェームス・ブライアント氏は、この事業の成長性を見込み、ナイネックス社を離れてプロCD社【*】を設立した。彼の目標はアメリカ全域をカバーするCD-ROM版電話帳を作ることであった。
ところが、各電話会社は利益率の高い電話帳事業を奪われることを恐れ、プロCD社に対して電話帳のデータ提供を拒んだ。ブライアント氏はこれに対抗するため、北京で中国人を日当3ドル50セントで雇い、全米電話帳の全電話番号をコンピュータに入力させたのだ。
その結果、7億件以上の電話番号から成るデータベースができ上がり、これが数千枚ものコピーを作成するマスターディスクとなった。CD-ROMのコピーは1枚1ドル以下でできてしまう。それでもこのコピーは1枚数百ドルで販売され、プロCD社に莫大な利益をもたらしたのである。
しかし、CD-ROM版電話帳のブームは短命であった。潜在的な利益の大きさに目をつけた競合他社(デジタル・ダイレクトリー・アシスタンス社【*】やアメリカン・ビジネス・インフォメーション社【*】など)が同様の商品を掲げて参入し始めたのだ。そのため、各社とも商品の差別化が図れずに価格競争に突入し、ついにはディスカウント・ストアで2~3ドルで売りさばかれるまでに急落した。ほんの数カ月前までは高価格で高利益率だった商品が、安物のコモディティと化したのである。
急激な成長と凋落を見せたCD-ROM版電話帳の事例は、デジタル化された情報を供給する者に深い示唆を与えた。つまり、たとえ「ニュー・エコノミー」であっても、実は昔からの経済の法則に従うものだということを明らかにしたからである。
自由市場では、複数企業が差別化の難しい商品を供給する場合、製造コストの償却が終わると、通常、価格は競争原理に従って、その限界利潤【注】(1枚のコピーを作る費用)にまで落ちていく。ほとんどの場合、情報をコピーするための限界費用【注】が非常に低いため、情報財の価格は市場原理によって低く決められていく。情報財特有の経済的な魅力である低い複製コストは、経済の法則から見れば危険な一面ともいえる、諸刃の剣である。
情報生産者の多くは、自社製品だけは旧来の経済法則から逃れられると誤解している。しかし実際は、情報財であっても、他の商品と同じく旧来の経済法則に支配される。これはプロCD社の体験に裏付けられている。
情報財は生産面において他の商品とは異なるものの、市場と競争要因に関しては他の商品がたどる運命とまったく変わりがない。そして、その成功要因も伝統的なプロダクト・マネジメント・スキル(顧客ニーズの明確化や徹底した差別化、ポジショニング、価格戦略の開発とその実行)に大きく関わるのだ。
固定費が非常に高く、価格競争には耐え切れない
情報財で勝利する戦略を構築するためには、情報財生産に固有のエコノミクスの理解が必要である。我々は、情報財とは電子媒体で流通可能であるもの、と定義するが、こうした商品は、通常、特異なコスト構造を持つ。それは、最初の一枚(マスター)の生産は非常に高価だが、それ以降のコピーは非常に廉価だということである。
出版社を例にとれば、本の第1版では原稿の作成、版権獲得、校正などに数千ドルをかけるが、2版目以降は2~3ドルでできてしまう。映画にしても、プロデューサーが配役、制作スタッフ配置、台本、ロケなどに数千ドルをかけたとしても、完成版のコピーを作るのには数百ドル程度しかかからない。情報財は生産における固定費が非常に高いが、その再生産に関わる変動費は低いという特徴がある。



