私はこれまで22年間にわたって、調査研究など、多くの仕事を組織と共に行ってきた。その経験からすると、組織において創造性は、高められるより殺される場合が圧倒的に多いことは疑いようのない事実である。なぜ創造性は殺されてしまうのか。それは組織のマネジャーが創造性を否定しているためではない。逆に、ほとんどのマネジャーは新しい有益なアイデアの価値を信じている。だが実際には、協調性、生産性、コントロールなどを優先するというビジネスの現実の中で、創造性は知らず知らずのうちにむしばまれてしまっている。

 たしかにマネジャーにとって、協調性、生産性といったものを無視することは不可能であるが、それらを重視するあまり、組織がシステム的に創造性を押しつぶしてしまう恐れがある。我々の研究結果から明らかになったのは次のことである。協調性、生産性、コントロールといった組織の要請と創造性の促進を同時に実現することは可能である。しかしそのためには、どのようなマネジメント・スタイルが組織の創造性を育み、逆にどのようなマネジメント・スタイルが創造性を押しつぶしてしまうかについて、正確に理解しなければならない。

ビジネスにおける創造性とは何か

 我々は創造性というと、芸術や、非常に独創的なアイデアを連想しがちである。たとえば、パブロ・ピカソはいかにして絵画の世界に革新を与えたか、また、ウィリアム・フォークナーはどのように小説を再定義したか、などといったことだ。だがビジネスの世界において創造性に求められるのは、そのような独創性ではなくて、適度な利便性を有し、すぐ実行に移せるということなのである。同時にビジネスにおける創造性は、品質の向上やプロセスの革新など、ビジネスのやり方に影響を及ぼすものでなくてはならない。

 創造性と芸術的な独創性を結びつけてしまうことは、ビジネス組織における創造性のあり方に混乱をもたらす。私は組織のマネジャーに「もしあなたの組織で創造性の必要のない部門があるとしたら、それはどこですか」と尋ねたことがあるが、それに対する答えの約80%が「会計」だった。マネジャーの多くが、創造性とはマーケティングや研究開発といった部門にのみ求められると考えているようだが、創造性は組織のすべての部門・機能において利益をもたらすものであり、会計部門においてもイノベーションは利益をもたらすものである。

 会計部門における創造性の阻害要因について見てみると(これは定型的な業務や法律などを含むすべてのビジネス機能に関して言えることだが)、その原因は、多くのマネジャーが創造性のプロセスに関してかなり狭い感覚を持っていることにあると考えられる。つまりマネジャーたちは、創造性を、人が問題に対してどのように新たなアプローチをとるか、といった人の思考方法ととらえており、このことが問題なのである。実際には、創造的思考は創造性の一つの側面にすぎない。創造性にはこのほかに専門性・専門能力(expertise)とモチベーションという2つの側面があるのだ。

 専門性・専門能力とは、人が知っていることと仕事の中で行えることすべてを含んでいる。製薬会社で血友病患者に対する血液凝固剤の開発にあたっている研究者を例にとって考えてみると、その研究者の専門性・専門能力には、薬や化学、生物、生化学に関する技術的な知識や能力とともに、科学的に思考するという基本的な能力も含まれる。どのようにその専門性・専門能力を習得したかは問題ではない。たとえば正式な教育、実践経験、他の専門家との相互交流によって習得したか、などの方法のいかんには関わらないということだ。

 いずれにしてもその研究者の専門性・専門能力は、経済学者で心理学者でもあるノーベル賞受賞者ハーバート・サイモンが「放浪可能なネットワーク(network of possible wandering)」と名付けた、問題の探求と解決に必要なスペースであると考えられる。そして、この知的なスペースが大きければ大きいほどよいものとなるのである。

 前述したように、創造的な思考とは問題解決アプローチに関するものであるが、この能力はすでに存在しているアイデアをもとに、それらをどのように新たに組み合わせることができるかどうかにかかっている。そしてこの能力は人の思考スタイルや仕事への取り組み姿勢などと同様に、パーソナリティによって左右されるものである。先の製薬会社の研究員の場合で言うと、他者との意見の相違をよしとする性格であれば(これは現状からの脱却が自然に行える性格を意味するが)、この研究員はより創造的になることができる。

 さらに、この研究員が問題を別の角度からとらえたり、一見異質な分野と思える知識を結合することに長けていれば、この研究員の創造性はさらに高められるだろう。たとえば、人間の血液に関する洞察を得るために植物の連鎖システムを活用するなど、血友病の問題解決に植物学の知識を用いるといったことである。

 仕事の進め方について言えば、難解な問題への取り組みを通して忍耐力が養われ、これにより創造性はより高められると考えられる。つまり、現実には長く単調な実験をこつこつ繰り返すことを通して、創造性は徐々に向上していくのである。卵を温めるような仕事の進め方も、創造性を高めるのに効果を持つ。これは、難しい問題をとりあえず棚上げにしておいて他の仕事に取り組み、そしてそれが終わった時点で新たな視点を持って困難な問題に再び取り組むという方法だ。