経済発展の新たなステージ

 経済はどのように推移するのだろうか。経済発展の歴史を、バースデーケーキの4つの進化段階に置き換えることができる。

 農業経済のなごりをとどめていた頃、母親たちは農産品(小麦粉、砂糖、バター、卵)を混ぜ合わせて、バースデーケーキを手作りした。材料費といえば、全部でほんの何十セントかだった。

 工業経済が進展すると、1ドルか2ドルを出してベティ・クロッカーのケーキ・ミックスを買った。その後、サービス経済が定着すると、忙しい親たちはケーキ屋などに10ドルから15ドル程度の値段のケーキを注文するようになった。箱入りケーキ・ミックスの10倍近い値段である。

 そしていま、時間に飢えた1990年代の親たちは、バースデーケーキを作るどころかパーティさえ開かなくなった。その代わりに100ドル以上を支払って、チャック E. チーゼズや、ディスカバリー・ゾーン、マイニング・カンパニーなど、子供たちのために思い出に残るイベントを演出してくれる(しかも多くの場合、ケーキを無料サービスしてくれる)会社に、誕生会をまるごと〝アウトソーシング〃してしまう。台頭する「体験価値の経済」へようこそ、ということなのである。

 経済学者たちは従来、体験とサービスを区別せずに扱ってきたが、体験はれっきとした経済的提供物であり、サービスが財とは異なるように、体験もサービスとは異なる。

 今日では、この体験という第4の経済的提供物について認識し、また議論することが可能となっている。なぜなら顧客が体験を欲していることに疑問の余地はなく、それを企画し、売り込む企業もどんどん増えていることは明らかだからだ。

 サービスがかつての財と同様、ますますコモディティ化するのに伴い(たとえば長距離電話のサービスが料金だけを売り物にしている現状を考えてみればよい)、筆者の言う「経済価値の進歩」における次の段階として、体験価値が台頭してきている(図1「経済価値の進歩」参照)。今後、最先端を行く企業は、販売する相手が消費者であれ企業であれ、次なる競争の舞台が体験の演出であることに気づくだろう。

 体験は漠然とした概念ではない。それはサービスや財などと同様に、きわめて現実的な提供物である。今日のサービス経済においては、従来の提供物の販売を伸ばすために表面的に体験の要素を加えているだけ、という企業が多い。だが体験を演出するメリットを利益に変えるためには、企業は知恵を絞って魅力ある体験を企画し、これに料金を課する必要がある。

 サービスを売ることから体験を売ることへの転換を果たし、経済の変化の波を乗り切ることは、既存企業にとって、前回の工業経済からサービス経済への一大経済転換に匹敵するくらい困難なことであろう。しかし、コモディティ化した事業にとどまるつもりでないかぎり、自社の提供物を経済価値の次の段階へとアップグレードせざるをえないのである。そうなると、問題は台頭する体験価値の経済に参入するかどうかではなく、いつ、そしてどのように参入するかである。体験の特性や体験演出の草分けたちの企画の本質を早い段階で見ておくことで、この問題に答えるための糸口が示されるだろう。

売れる体験を演出する

 サービスと体験の違いを正しく認識するためには、テレビの古いコメディ番組『タクシー』を思い出せばよい。この番組では、普段はどうしようもない(ただし陽気な)タクシー運転手のイギーが、世界一のタクシー運転手になろうと決意する。