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リーダーシップの転機
ビジネスマンはいまこそ、説得の秘訣を学ぶべきである。経営幹部が命令を出してマネジメントを行う「命令と管理」の時代はすでに幕を閉じた。今日のビジネスの主体は、対等な立場にある個人が集まって構成するクロスファンクショナル・チーム(部門横断的組織)であり、その構成員となっているのはベビーブーマーや、その子供たちであるX世代である。彼らは頭ごなしの命令には従わない。コンピュータ通信の普及やグローバリゼーションの進展でアイデアや人の往来が活発になり、組織中を行き交っている。
そしてビジネス上の意思決定は、これまで以上に市場に密接した形で進行するようになった。その結果として伝統的ヒエラルキーは崩壊しつつある。このような根本的変化は、具現化するまでに10年以上の年月がかかったが、いまでは経済構造の一部として定着している。仕事をしてほしければ、「何をすべきか」だけでなく、「なぜそれをすべきなのか?」という問いに答えなくてはならない。
この「なぜ」という疑問に対して的確な答えを出すこと、それこそが「説得」である。にもかかわらず、説得の意味を誤解しているビジネスマンは多い。その効果を生かしきれていないビジネスマンの数はもっと多い。なぜだろうか。説得は商品を売り込んだり、取引を成立させるための奥の手であると思われているからだ。また、体のよいごまかしにすぎず、横しまな手段であるから避けなくてはならない、との考え方が一般的になっていることも理由の一つに挙げられる。確かにモノを売ったり取引に片をつけるために説得が利用される場合もある。また、相手を操るために悪用されるおそれも否定できない。しかし建設的な練習を積み、その可能性を最大限に引き出せば、「売り込み」よりも効果は大きく、しかも欺きとはまったく正反対の行為となりうる。
説得は、効果的に行われた場合には交渉と学習のプロセスとなる。このプロセスを経て説得者は、仲間を共通の解決策へとリードしていくのである。たしかに説得するためには、現在とは違う考え方へと相手を導く努力が必要だが、それは懇願したり丸め込んだりすることとは違う。念入りに準備をして、しっかりとした議論の枠組みを設定し、具体的な論拠を提示する。そして、最も効果的に相手の気持ちを動かすにはどうすればよいか工夫する。これが説得なのである。
効果的に説得を行うことは困難で、時間もかかる。しかし、命令によって管理していた従来型の経営モデルよりも強い効果を発揮する。アライドシグナル(AlliedSignal)社のCEO、ローセンス・ボシディー氏は、「叫んだりわめいたり、相手をやっつけたりしてパフォーマンスを高めることのできる時代は終わった。信頼関係を築いたうえで、なぜ考え方を変える必要があるのか、どうすれば変えることができるのか、それがわかるようにしてやらなくてはならない。これらすべてを実行してみなさい。そうすれば向こうから扉を開くだろう」と述べている。これこそが説得であり、ビジネスリーダーにとっていままで以上に重要となっている意志伝達方法である。
自分自身が説得をどう定義しているか、ちょっと考えてみてほしい。もし読者諸氏が、これまで私が出会ったビジネスマンの大半と同じような考え方をしているとすれば(囲み「12年間の体験」参照)、説得は比較的単純なプロセスであると考えているはずだ。まず最初に自分の立場を強く主張する。次にその根拠を示し、データに基づく説明を行って有無を言わせない。最後に約束を交わして説得は終了する。言い換えると、頑強に、熱心に理屈を並べ、相手に「名案」を押し付けるのである。しかしこの方法では、説得は間違いなく失敗するのである(囲み「説得における4つの敗因」参照)。
12年間の体験
本稿の背景となっている考え方は、3つの調査に基づくものである。
私はここ12年間、大学教師兼コンサルタントとして活動してきたが、その間に、改革の実行に優れた能力を発揮している管理職23人を調査した。特に、これらの人物の言葉の使い方に注目した。部下に行動の動機を与えたり、ビジョンや戦略を説明する場合、あるいは組織全体を動員して困難な事業環境を克服しなくてはならない場合に、言葉をどのように使っているかを調べた。
4年前私は、2つ目の調査に取り掛かった。これは、クロスファンクショナル・チームの指揮に成功したリーダーたちの能力や性格を調べる調査であった。データの中心は、アメリカおよびカナダの特定の企業で働く18人に対するインタビューと、その18人の所見であった。彼らは、私がそれまで調査対象としていた上級幹部ではなく、下級レベル、あるいは中級レベルの管理職であった。これら管理職の同僚に対するインタビューを行うとともに、他のチームリーダーの技術と彼らの技術の比較も行った。特に、同じ企業内で同じような計画に携わっているクロスファンクショナル・チームのうち、あまりうまくいっていないチームのリーダーとの比較を重点的に行った。ここでも言葉の使い方を重視したが、人間関係に関わる技術の影響も調べた。
改革に積極的なリーダーと有能なチームリーダーの持つ説得技術が似ていることから、私は、説得と雄弁術、さらには福音を説く技術に関する学術文献を調べてみようと考えた。一方、一般的なマネジャーがどのように説得を始めるのかを知るために、会社のミーティングで数十人のマネジャーを観察し、幹部研修プログラムではシミュレーションを行った。マネジャーがグループに分かれ、お互いに架空の事業目的について説得し合ったのだ。そして最終的に、建設的説得に関して傑出した能力を持つと思われる14名を選んだ。数カ月にわたってこの14名やその同僚にインタビューを行うと同時に、実際の職場で彼らを観察した。
説得における4つの敗因
研究者やコンサルタントとしてマネジャー諸氏と仕事をするなかで、私は、幹部による説得が惨憺たる結果に終わった事例を目の当たりにしてきた。次に挙げるのは、最も多く見られる4種類の過ちである。
1. 自分の意見をそのまま強引に主張しようとする:私はこのやり方をジョン・ウェイン方式と呼んでいる。マネジャーが最初に自分の見解を強く主張し、忍耐強く熱心に理論を説いて決着をつけようとする。ところが実際は、初めの段階ではっきりとした見解を示すと、反対したいと考えている人々に格好の攻撃材料を与えてしまう。ライオン使いは椅子の足を見せて「パートナー」であるライオンを従えるが、そのライオン使いのように、繊細に遠慮ぎみに自分の考えを示すほうがずっと効果的だ。言い換えると、有能な説得者は、徹底的な攻撃を避けるために、最初の段階では明確な目標を示さないのである。
2. 妥協を拒む:妥協は降伏であると考えているマネジャーがあまりにも多い。建設的説得には妥協が不可欠である。人は、何らかの提案を受け入れる前に、説得者が自分たちの懸念に柔軟に対応してくれるかどうかを知りたいと考える。妥協がより優れた、維持しやすい共通の解決策を導き出してくれることも多い。
妥協を否定すれば、説得は一方通行で行われるものだと考えていることを無意識のうちに知らせることになる。しかし説得は意見の交換を通じて進むものなのだ。組織的行動を専門に研究する南カリフォルニア大学教授、キャサリン・リアドン女史は、説得者が説得の過程で自分の行動や考え方を変えずに、他人の考え方や行動だけを変えることはまずできない、と指摘している。意義のある説得を行うためには、他人の意見に耳を貸すだけでなく、それを自分の考え方の中に取り入れなくてはならない。
3. 説得の秘訣は優れた議論を展開することだと考える:相手の気持ちを変えようとして説得する場合、議論が優れていなくては成功しない。たしかにそのとおりだ。しかし議論は本来、説得の一部にすぎない。説得者の信頼度も重要だし、双方が利益を得られるように考え方を調整したり、適度に感情を示して相手の共感を呼ぶ能力、生き生きとした言葉遣いで具体的な議論を展開する能力など、他の要素も同じように重要なのである。
4. 説得を1回限りの作業であると考える:説得はプロセスであり、1回では終わらない。1回目で共通の解決策にたどり着くことは、あったとしても稀である。人の話を聞き、その考え方を試し、グループからのインプットを取り入れて新しい考え方を見いだす。そしてまたテストを行い、妥協を繰り返し、そしてもう一度やってみる、というプロセスで進むことが多い。これは遅々として困難な作業に思えるかもしれないが、事実そうなのだから仕方がない。が、努力に値する結果は得られる。
説得に必要な要素
では、説得に成功するために必要な要素は何か。説得を交渉・学習のプロセスとするためには、おおまかに言って、発見、準備、対話という3つの段階を踏まなくてはならない。相手のことや、自分が主張しようとする考え方を知るなど、説得のための準備には数週間、あるいは数カ月かかる場合もある。有能な説得者は、話を始めてもいないうちに、あらゆる角度から自分の考え方を検討する。こういう考え方をした場合、どのような時間的あるいは金銭的投資を相手に求めなくてはならないのか。自分の論拠に弱点はあるのか。検討すべき考え方はほかにもあるのか等々。
対話が行われるのは説得の前、あるいは説得が行われている間である。有能な説得者の場合、説得を始める前に、相手の意見や関心事、考え方に関する情報を集めるために対話を行う。情報収集手段としての対話は説得の途中においても続くが、この時点での対話は交渉段階の始まりでもある。その見解の利点について議論あるいは討論し、別の方法を提案してもらうなど、ごく率直に各自の意見を述べてもらう。この方法では目標の達成に時間がかかるように思うかもしれない。しかし効果的な説得は、相手の関心事や必要性と照らし合わせながら、考え方をテストしたり見直したりしながら実現するものだ。事実、説得が非常に上手な人は、他人の意見を聞くだけでなく、その考え方を取り入れた解決策を考え、それを共有している。
言い換えると、説得には妥協が伴うことが多い。それどころか、妥協が不可欠だと言っても過言ではない。有能な説得者のほとんどが共通の特徴を持っている――すなわち、寛大でけっして独断的でない――ように思われるのは、おそらくそのためであろう。彼らは、自分の考え方を調整し、他人の考え方を取り入れる心構えをしてから説得を始めるのである。面白いことに、こうした方法はかなりの説得力を持つ。説得者が相手の意見に熱心に耳を傾け、相手の必要性や関心事に応じて積極的、に軌道修正しようとしているのを見れば、相手も非常に肯定的な反応を示す。説得者に対する信頼を強め、その話により注意深く耳を貸すようになる。足元をすくわれるのではないか、丸め込まれるのではないかという恐怖も消える。説得者の柔軟性に気づき、彼ら自身のほうから自発的に犠牲を払うようになる。説得はこのようにダイナミックに展開するため、説得の上手な人物は、賢明な妥協策を用意してから説得に入ることが多い。



