シアーズ・ローバックが、この5年間で事業のやり方を根本的に変革し、収支を大幅に改善したことは、いまやけっして耳新しいニュースではない。シアーズの復活については、すでに新聞雑誌で多くのことが語られており、その戦略転換と、大幅赤字から大幅黒字への転換が明らかにされている。しかし、シアーズの変貌は、マーケティング戦略の変更の一言で片付けられる類のものではなかった。事業の論理も風土も大きく変わった。つまり、この事業の論理の変革プロセスがシアーズの風土を変えたのである。

 CEOのアーサー・マルティネスをリーダー(そして牽引車)とする、シアーズの経営幹部100人余りから成るグループは、3年という転換期間の大半を費やして、顧客を中心に据えての企業再建を実施した。シアーズとはこれまでどういう企業であったのか、どういう企業でありたいのかを再考するプロセスで、経営幹部たちは、経営陣の行動から従業員の態度、顧客満足度や財務パフォーマンスに至るまで、さまざまな要素における達成度を把握できるビジネスモデルを開発した。

 同社の測定システムと並んで、この「従業員・顧客・利益の良循環(エンプロイー-カスタマー・プロフィット)モデル」は、経営情報システムの重要要素として、従業員一人ひとりが自己評価と自己改善に用いるツールとして、きわめて信頼できるものになっている。さらに、このモデルと測定基準の構築作業に参加した経営幹部たちは、実に厳しい要求を突きつけられたその結果、思考方式と行動様式を変えていった。この風土の変化がいま、シアーズ全社に広まりつつある。

 エンプロイー-カスタマー・プロフィット・モデルの基本要素は、わかりにくいものではない。小売業の経験がそれほどなくても、従業員の行動から顧客の行動、さらに利益へとつながる因果関係の連鎖が存在することはだれでも直感的に理解できるし、ここで言う行動が何よりも態度に左右されることは容易に理解できる。

 だからといって、エンプロイー-カスタマー・プロフィット・チェーン、あるいはエンプロイー-カスタマー・プロフィット・モデルの導入がたやすいわけではない。難題の一つは測定基準である。売上げや利益とは異なり、主観的なデータの定義や収集は容易ではない。たとえば顧客や従業員の態度、満足度の測定は非常に難しい。

 多くの業種でも、顧客維持率のように比較的客観的な部類の行動でさえ測定することは困難で、当然の結果として、数々の企業が、こうした行動を正確に測定するために時間、エネルギー、資源を進んで費やそうとはしない。驚くには値しないが、多くの企業が、顧客と従業員が実際に何を考え、何をしているかを本当には理解していないのである。

 ところが、シアーズは違う。同社は、現在、以前から実施していたデータの収集、分析、モデル化、実験をもとに、「トータル・パフォーマンス指標」(TPI)と呼ばれる、シアーズが顧客、従業員、投資家との関係をどれだけうまく維持しているかを示す一連の測定基準を開発し、これに改善の手を加えてきた。同社は、従業員態度の向上につながる何層にも重なった要因を理解している。また、従業員態度が従業員の定着率に、従業員の定着率が顧客満足度に、顧客満足度が収支に、それぞれどう影響するかをはじめ、他にも多くのことを理解している。こうした測定値のいずれかが変化し、その結果、決算数字に変化が起こるまでの時間差も算定しているため、たとえば従業員態度に変化があった場合、それが収支に及ぼす影響が「どのようなものになるか」だけでなく、「いつ」表れるかまでをも予測することができる。

 また、TPIを基盤とする経営を行っているため、TPIによってエンプロイー-カスタマー・プロフィット・チェーンを機能させ、めざましい成果も上げている。しかし、このシステムは外見よりはるかに複雑で、模倣するのも見た目ほどやさしくない。

 小売企業ならば、どんな企業もシアーズの測定基準を、さらにはモデル構築テクニックをも模倣するのは不可能ではないだろうが、エンプロイー-カスタマー・プロフィット・チェーンをうまく機能させることはできないだろう。