組織公正理論

 今回は、組織公正理論(organizational justice theory:OJT)を取り上げる。「組織的公正理論」「組織内公正理論」と訳されることもあるが、本稿では「組織公正理論」あるいは「OJT」を用いることにする。

 本稿でOJTを取り上げる理由は、この理論が経営学・組織心理学において、「組織の公正性」や、「人がなぜ組織に不公平感を抱くのか」についてのメカニズムを説明できる、おそらく唯一の包括的な理論だからだ。

 実際、私たちは日常のビジネスの現場で、驚くほど頻繁に「公正」「公平」という言葉を用いている。また、企業の資料にも公正・公平は多く登場する。以下は、「公正」を謳う大手企業ウェブサイトの例である。

 当社は、「企業は社会の公器」という基本理念に基づき、株主や顧客をはじめとするさまざまなステークホルダーとの対話を通じて説明責任を果たし、透明性の高い事業活動を心掛け、公正かつ正直な行動を迅速に行っていくことで、企業価値を高めていくことが重要であると考えています。(パナソニック ホールディングスホームページ「コーポレート・ガバナンス 基本的な考え方」より[注1]

 フェアに行動します 私たちは、事業基盤であるインターネットの本質がフェアな点にあると捉え、全ての消費者や事業者がその機会を最大限活用できるように、私たち自身のあらゆる事業活動において、フェアに行動します。このため、公正な競争を尊重し、サービス利用者の判断に資する適切な情報伝達を行います。また、職務に公私のけじめをつけ、利益相反行為を回避し、贈収賄に関与しません。(楽天グループホームページ「楽天グループ企業倫理憲章」より[注2]

 同時に「公平」という言葉も企業で頻繁に使われる。近年の代表的な用例は、ダイバーシティの文脈で語られる「ダイバーシティ・エクイティ・アンド・インクルージョン」(diversity, equity & inclusion)の「エクイティ」だろう。

 このように、私たちはビジネスにおいて公正・公平という言葉を知らずしらずのうちに、驚くほど頻繁に使っている。しかし一方で、「そもそも公正であるとはどういうことか」「公平とは何を意味するのか」「なぜ人は不公平感を抱くのか」といった問いについて、深く考える機会は少ないのではないだろうか。

 さらに言えば、多くの企業トラブルの根底には、従業員が組織に対して抱く不公正・不公平感がある場合も多い。皆さんの中にも、「自分は会社で不公正な扱いを受けている」「この組織には公平感がない」と感じて、働く意欲を失ったことのある人もいるだろう。

 実際、後述するが、経営学・組織心理学の研究でも公正性の低い組織や公平感を欠く組織では、パワーハラスメントの発生やモラル低下、燃え尽き症候群の増加、離職率の上昇、業務パフォーマンスの低下など、さまざまなネガティブな事態が起きることが示されている。人はなぜ組織に不公平感を抱くのか、それを説明できるのがOJTなのである。

 経営学でOJTの確立に寄与した代表的な研究者は、オハイオ州立大学のジェラルド・グリーンバーグとフロリダ大学のジェイソン・コルクィットなどである。同理論は彼らなどを中心に、1980年代から2000年代初頭にかけて発展した。比較的歴史のある理論にもかかわらず、拙著『世界標準の経営理論』では紙幅の都合で扱えなかった。そこで今回、新たに取り上げることにしたのだ。