企業活動や政治を揺るがす偽情報の脅威

 2022年11月10日、あるツイートが製薬業界に衝撃を与えた。世界有数の製薬会社イーライリリーを名乗るツイッター(現X)の認証済みアカウントで、同社がインスリンの無償提供を開始するとの発表があったのだ。その投稿は数時間のうちに拡散され、1万1000件を超える「いいね」を獲得し、1500回以上はリツイートされた。

 影響はすぐさま表れた。イーライリリーのオンライン検索数は、わずか1日で80%以上増加した。この「発表」はインスリンに頼る何百万人もの人々にとって、インスリンの価格をめぐる長年の闘いに突破口が開ける可能性を示していた。

 しかし、ある問題があった。このツイートは、なりすましアカウントが投稿した偽物だったのである。イーライリリーは公式アカウントでただちに状況を説明したものの、損害はすでに発生していた。同社の株価は4%も下落し、利益への重大な影響を恐れた投資家を動揺させるとともに、インスリン価格をめぐる国民的な議論を再燃させた。

 製薬業界がフェイクニュース騒動で揺れたのは、これが初めてではなかった。その数カ月前には、ファイザーのアルバート・ブーラCEOが「2023年までに、世界の人口を50%減らす」と発言しているように見せかけたフェイク動画がオンライン上に現れたのである。これを見て憤った人々は、彼の逮捕を要求し、製薬会社を「悪」と決めつけた。この動画は、もちろん編集されたものだった。ブーラは実際には「当社の医薬品が高くて購入できない人々の数を世界で50%減らす」と述べていたのである。

 フェイクニュースは製薬業界だけの問題ではない。金融(メトロバンク)、消費財(コカ・コーラ)、外食(マクドナルド)、航空(デルタ航空)、エンタテインメント(ウォルト・ディズニー)、ファッション(ヴィクトリアズ・シークレット)、自動車(テスラ)などの業界もターゲットにされたことがある。

 政治においても、フェイクニュースは混乱を引き起こしている。民主主義制度への信頼を損ない、分断を深め、人々の投票に関する認識に影響を与えて、拮抗した選挙の結果を動かしているのだ。

 残念ながら、フェイクニュースは一筋縄でいかない問題であり、なくなる見込みはない。米国の成人の多くはフェイクニュースを見抜くことができると自信を持っているが、トラステッド・ウェブ財団によれば、米国のソーシャルメディア利用者の38%が誤ってフェイクニュースをシェアしたことがあるという。

 事態を難しくしている背景には、フェイクニュースのほうが本物のニュースよりはるかに速く拡散するということがある。マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者がX上のニュースを調査したところ、フェイクニュースのほうが最大70%もシェアされやすかった。そして、シェアされるたびにその勢いは増していく。シェアされているニュースほど真実らしく見え、さらに多くの人々がシェアするのである。

 フェイクニュースは今後、さらに大きな問題となる可能性が高い。従来のメディアに対する信頼が低下し続ける一方で、AIや動画編集技術の進歩によって、捏造されたコンテンツであっても本物とほとんど見分けがつかないからだ。しかも、ソーシャルメディアの運営会社はコンテンツモデレーション(投稿監視)の責任を放棄している。2025年初頭には、メタ・プラットフォームズがフェイスブックの投稿内容の事実関係を検証するファクトチェックを廃止すると発表した。

企業の従来の対応策では太刀打ちできない

 フェイクニュースは、誤情報や虚偽の噂とは異なる。誤情報や虚偽の噂というのは、発信者の意図の有無にかかわらず虚偽の内容が共有されることを指す。これに対し、フェイクニュースとは、ある特定の種類の誤情報、すなわち人を騙す目的で意図的に捏造された「ニュース記事」のことである。ソーシャルメディアで拡散され、ウイルスのように広がるバイラリティ(クチコミやSNSで爆発的に広がること)が特徴だ。