多様な条件を解決する賢明なトレードオフ

 世の中には、簡単に決断できることもある。ニューヨークからサンフランシスコまで飛ぶのに、何がなんでも安くあげたいのなら、いちばん価格の安い航空会社を探してチケットを買えばよい。条件は1つだけだから、1種類だけの比較を行えば済む。だが、条件が1つだけなどというのは、めったにないぜいたくな状況だ。これは、意思決定に携わる者ならだれでも知っている。たいていは、多様な条件を同時に追求している。なるほど、運賃の安さはありがたい。だが、都合のよい出発時間でなくては困るし、途中の乗り換えは嫌だ。席は通路側がよい。優れた安全実績を誇る航空会社でなければ心配だ。それに、いつも利用している航空会社のマイレッジも増やしたい。ほら、これだけでも判断はかなり複雑になってしまった。いくつものトレードオフ(比較考量による取捨選択)を解決しなければならない。

 賢明なトレードオフを行うことは、意思決定において最も重要かつ困難な課題である。検討すべき選択肢が多ければ多いほど、また追求すべき目標が多ければ多いほど、必要なトレードオフも多くなる。だが、意思決定を難しくするのは、トレードオフの絶対量ではない。やっかいなのは、目標のそれぞれに、独自の比較基準があるという点なのだ。ある目標に関しては、厳密な数値やパーセンテージを比較する。34%、38%、53%、どれがいいのか。だが別の目標では、もっと大ざっぱな相対評価が求められる。高い、低い、中間といった具合に。また、純粋に表現の問題、たとえば黄色かオレンジかブルーかといった選択もある。「リンゴかオレンジか」というだけのトレードオフではない。「リンゴかオレンジか象か」というほど基準の異なるトレードオフなのだ。

 これほど本質的に異なるものを比較する場合、どうやってトレードオフを判断すればよいのだろうか。これまでは、勘や常識に頼ったり、当てずっぽうで判断するのが普通だった。明確で合理的な、しかも使いやすいトレードオフの方法論が存在しなかったのである。そこで、そのギャップを埋めるために、我々は「イーブン・スワップ」と称する一つのシステムを開発した。これは、選択肢が広範囲にわたる目標群を対象としてトレードオフを判断する、実際的な手法を提供するシステムである。イーブン・スワップ法の本質は、一種の「物々交換」である。このシステムでは、ある目標の価値を別の目標の価値と比較しつつ考えなければならない。たとえば、50ドルの運賃の格差を埋めるには、マイレッジの点でどれだけの得がなければならないか。通路側の席を確保するために、何分までなら出発時刻を遅らせてもよいだろうか。こうした価値判断をしておけば、さまざまな評価尺度をきちんと理解できる。こうして、筋の通ったトレードオフを行う上で確実で一貫性のある基盤ができたことになる。

 イーブン・スワップ法を使っても、複雑な判断が簡単になるわけではない。相変わらず、自分が定めた価値基準について、またこれから行うトレードオフについて、困難な選択をしなければならないだろう。イーブン・スワップ法が実際に提供してくれるのは、トレードオフの信頼できるメカニズム、そしてそれを行う際の一貫性のあるフレームワークなのである。イーブン・スワップ法を使えば、トレードオフにおける機械的な側面を単純化・体系化することができる。これによって意思決定における最も重要な作業、つまり、さまざまな行動が自分や自分の会社にとって実際にどういう価値を持つかという見極めに、精神的エネルギーのすべてをつぎ込むことができるのである。

選択肢を評価する結果テーブルの作成

 実際のトレードオフに着手する前に、すべての選択肢と、それが自分の条件に照らしてどのような結果をもたらすかを明らかにしておく必要がある。その全貌を明らかにする良い方法がある。「結果テーブル(一覧表)」の作成だ。鉛筆と紙を使ってもよいし、表計算ソフトを使ってもよい。まず、左端の列に自分の条件を並べる。いちばん上の行は選択肢の一覧である。これで、空のマトリックスができあがった。次に、マトリックスの各欄に、該当する選択肢(上端の行に示されている)が該当する条件(左端の列に示されている)に対してもたらす結果を正確に書き込む。結果のうち、あるものについては数値によって定量的に表現するだろうし、別のものについては言葉によって定性的に表現することになろう。大切なのは、ある一つの条件に対する評価で用いる表現に一貫性を持たせることだ。つまり、各行ごとに、評価に使う用語群を統一しろという意味だ。さもないと、条件相互の間で合理的なスワップを行うことが不可能になってしまう。

 実際の「結果テーブル」がどんなものになるか、ここでヴィンセント・サイードという架空の若者の例を考えてみよう。父子家庭の一人息子として育った彼は、大学で経営学を学んでいる。だが、重病にかかった父親を養うために、大学を休学しようと考えている。休学する一方で、生計を維持するために働く必要がある。そこそこの給料で、諸手当や有給休暇が充実している職場で、しかも楽しい仕事が望ましい。学校に戻ったときにプラスになるような経験もしておきたい。父親の病状が不安定だから、もしものときに自由が利く仕事というのも大切な条件だ。一生懸命探した挙げ句、5つの候補が見つかった。条件に対して各々の仕事がもたらす結果は非常に異なっていた。彼はそれらの結果を、結果テーブルにまとめた(図表1「サイードの結果テーブル」参照)。

 これを見ればわかるように、結果テーブルは非常に多くの情報を、正確で秩序正しい形式で示してくれる。これによって、各選択肢を条件ごとに、手っ取り早く比較できるようになる。こうして、トレードオフを行う際の明確なフレームワークが手に入るわけだ。さらに、意思決定プロセスの最初の段階で、すべての選択肢・条件、そしてそれに該当するすべての結果を定義せざるをえないという、貴重な規律が得られることになる。結果テーブルを作成するのはそれほど難しい作業ではない。それにもかかわらず、意思決定を担う者が、複雑な決定のすべての要素を慎重に紙に書き出すことなどめったにない。だが、結果テーブルをきちんと作らなければ、重要な情報を見落とし、トレードオフが無計画に行われ、それによって誤った決定がもたらされてしまう危険性がある。

「劣位にある」選択肢を却下する

 各選択肢がもたらす結果を定義してマッピングを終えたら、次に、却下できる可能性のある1つないし複数の選択肢を探すべきである。選択肢が少なければ少ないほど、最終的に行わなければならないトレードオフも少なくなる。却下できる選択肢を見極めるにはどうすればよいか。ルールは簡単だ。選択肢Aがいくつかの条件に関して選択肢Bよりも優れていて、他のすべての条件に関してBに少しも劣るところがなければ、Bは検討対象から外してよい。この場合、BはAに対して「劣位にある(dominated)」と称する(AはBに対して優位にある)。Aに対して何の有利な点もなく、不利な点だけがあるわけだ。

 たとえば、息抜きのために週末はどこかでのんびり過ごしたいとする。候補地は5つ、条件は3つだ。お金がかからないこと、気候がいいこと、長時間の移動が必要ないことである。選択肢を見ていくうちに、選択肢Cは選択肢Dに比べて、費用が余計にかかり、気候も悪く、所要時間は同じ程度であることがわかった。したがって、選択肢CはDに対して劣位にあるから、この選択肢は却下してよい。