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1993年当時、スミスクラインビーチャム社(SB)は、製薬企業の生命線である研究開発(R&D)に、年間5億ドル以上つぎ込んでいた。しかし、1989年の合併によるSBの発足以来、同社は、R&Dプロジェクトの価値をどう評価するかという、より本質的な議論に時間をかける割には、それをもっと価値のあるものにするにはどうしたらいいのかという議論には十分時間をかけていないのではないか、という問題意識を持っていた。
たくさんのプロジェクトがより多くの資源を要する開発後期へ進むにつれて、投資への要求が増大していた。SBの経営層が開発プロジェクトのポートフォリオをより合理的に行う必要に迫られたのは、このためである。
大ヒット製品であるタガメットの特許が間もなく失効しようとしており、SBは(収益源を失うという)差し迫った危機に対処する必要があった。すなわちSBは、当期の収益目標を達成すると同時に、将来の収益源となるR&Dを支援していかねばならなかった。そのような背景があったからこそ、〝予算引き締め精神〟の下で開発プロジェクトの優先順位づけを図ることがSBの重要課題である、という認識が企業全体に共有化されていたのである。
資源配分を決定することは厄介な作業だ。「意思決定に必要な情報のほとんどが、他のプロジェクトに比べて少しでも多くの資源を獲得しようとしているプロジェクト・リーダーたちからもたらされる状況で、かくもハイ・リスクで技術的に複雑なビジネスにおける的確な意思決定は、どうすれば可能なのか」
SBのような企業は、いつもこのような問題に突き当たる。
この最も重要な事業プロセスが企業ポリティクスによって支配されると、ゴリ押しのカリスマ的なプロジェクト・リーダーが、同僚を出し抜いて資源を獲得するようになる。「プロジェクトの善し悪しは、結局予算取りのときにどれだけうまく立ち回れるかを反映したものにすぎない」という皮肉な見方が生まれてもおかしくないのだ。
どうしたらよいのだろうか。SB内には専制君主的なトップダウン・アプローチが必要だとする考え方もあった。しかし、我々の経験では、三極(アメリカ、ヨーロッパ、日本)で共同して開発されている20数個のプロジェクトすべてについて、一人で細部まで熟知し、資源配分の判断を下しうる経営者は、まず一人もいないと言ってよかった。
過去、SBではすでに多種多様なアプローチが試みられてきた。プロジェクト・リーダーたちと長い時間をかけて討議するセッションを経てから、賛否の挙手によって優先順位づけをする、というやり方。市場ポテンシャル、技術リスク、必要投資量などのプロジェクトの多くの属性を点数化し、それをもとに優先化する、というより洗練されたやり方。
が、このより洗練されたアプローチは一見素晴らしく見えるが、実は誤ったデータとロジックに、洗練されたように見せているエセ科学にほかならないのではないか、という思いを参画者の多くが抱いていたのである。
SBはまた、従来の定量的なアプローチにも失望していた。ピーク年売上高や上市後5年間の総正味現在価値(NPV)を求めるといった、多くの価値評価(バリュエーション)技法である。



