情報の経済性において、根源的な進化が起こっている。プロセッサ【*】やJava言語【*】などのような、何か特定の新しいテクノロジーが突然の進化を引き起こしたというわけではない。進化を引き起こした原因は「普及」にある。ハイテク機器やインターネットのようなインフラが普及したことで、人々の行動習慣が変わった。何百万もの人々が、家庭や職場で世界共通のオープン標準規格を利用して、データ通信回線による情報伝達を行っている。たとえばEメールが実際につながる範囲(コネクティビティ)は、「大学教授間」ではなく「隣の家にも」というように爆発的に拡大した。このような新しい行動習慣がクリティカルマス(十分な規模)に達してきていることにより、情報の経済性が進化したのである。この進化は、情報革命における最新の波であり、ビジネス戦略を立てるうえで最も重要な変化だ。

 過去10年間、企業の管理者たちは業務プロセスを新しい情報技術に適応させることに専念してきた。こうした「業務に関する変化」も劇的ではあったが、今度はさらに激しい「事業のあり方の変化」が待ち受けている。経営者は、ハイテク情報関連企業に限らず、事業の「戦略的」基盤の再考を迫られるであろう。今後の10年間、情報の新しい経済性によって、あらゆる産業の構造や企業間の競争の構図における変化が急速に進むことになる。

 この変化の初期の兆候を見いだすことはそれほど難しくはない。最近、世界で最も強力で有名なブランドの一つ、ブリタニカ百科事典が消滅しかけた。1990年以降、全何巻かのブリタニカ百科事典の売上高は50%以上減少した。どこからともなくCD-ROMが登場し、これまでの「紙に印刷された」百科事興の事業に大きな打撃を与えた。

 どうしてそうなったのか。ブリタニカ百科事典は、1500~2200ドルの価格帯で売られている。マイクロソフト・エンカルタといったCD-ROM版の百科事典は、50ドル前後で買える。それに、エンカルタはパソコンやCD-ROMドライブに付いてくるので、多くの人は無料で手に入れている。百科事典を1セット製作するコストは、印刷、製本、物流など、約200~300ドルかかる。CD-ROMを1枚作るコストは約1.50ドルである。これは、情報技術や新たな競争が既存事業の伝統的価値をいかに崩壊させうるかを示した、小さいながらも目を見張らされるような例だ。

 ブリタニカの経営陣が、この状況をどのようにとらえていたか想像してみよう。編集者たちは、CD-ROMを二流品の電子版でしかないと見ていたのではないか。エンカルタの内容は、従来よりスーパーマーケットで販売されていたファンク&ワグナルズ百科事典からライセンス許諾を受けたものだ。マイクロソフトは、その内容を著作権の消滅したイラストや映画から切り取った映像などで修正し、見た目をよくしただけである。エンカルタは百科事典などではなく玩具だ――ブリタニカの編集者たちは、そう見ていたに違いない。

 当初、何の行動も起こさなかったところを見ると、ブリタニカの経営陣は顧客が本当は何を買っていたのかを理解していなかったようだ。親たちがブリタニカを購入していたのは、商品が知的な内容だからというより、子供のためになることをしたかったからである。今日、子供のためになることをしたがっている親は、パソコンを買い与える。

 つまり、ブリタニカの真のライバルはパソコンである。そしてパソコンには十数枚のCD-ROMが付いてきて、その一枚がたまたま、顧客から見るとまずまず完璧なブリタニカの代用品だった、というわけである。

 脅威が明らかになったとき、ブリタニカはCD-ROM版を作るには作ったものの、セールス部門の弱体化を回避しようと、それを印刷版の付録とし、CD-ROMのみを購入する場合の価格を1000ドルとした。収益の低下には歯止めがかからず、優秀な営業部員は辞めていった。そして、ブリタニカの所有者であるシカゴ大学によって管理されていた信託は、とうとうそのポートフォリオからブリタニカをはずしてしまった。同社は目下、新しい経営陣の下で、インターネットを柱に事業の立て直しを図っている。

 ブリタニカの凋落には、自己満足は危険だというたとえ話以上のものがある。これは、情報の新しい経済性によって競争の法則が短期間かつドラスティックに変化し、新しいプレーヤーとして取って代わる製品が、強力な営業部隊、最高のブランド、世界で最も優れたコンテンツといった、伝統的な競争優位の源泉をいかに時代遅れにしてしまうものかを示している。