-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
-
PDFをダウンロード
10年に及ぶダウンサイジングの後、激化する厳しい競争圧力の下で収益を上げつつ成長することは、多くの企業にとって大変な挑戦である。では、一部の企業はなぜ、収入と利益の双方で持続した成長を達成できているのであろうか。高成長企業と、それほど成功していないライバル企業に関する5年間にわたる研究の結果、筆者たちは、戦略に対する両者のアプローチの仕方の違いに解答があることを発見した。
アプローチの違いとは、企業幹部の分析ツールやプランニング・モデルの選択が他社と異なっている、というような問題ではない。違いは、その企業の基本的かつ暗黙の戦略概念にある。それほど成功していない企業は既成のアプローチをとる。すなわち彼らの戦略概念は、競争において常に一歩先んじるという考え方に支配されている。これとはまったく対照的に、高成長企業は、ライバル企業と競合したり、これを打倒することにほとんど関心を持たない。むしろ彼らは、筆者たちがバリュー・イノベーション(value innovation)と呼ぶ戦略論理を通じて、競合企業を無力化してしまおうとするのである。
映画館を経営しているベール・クレイスという会社の例を考えてみよう。1960年代から80年代にかけて、ベルギーの映画館業界は衰退の一途をたどってきた。VTRと衛星放送、ケーブルテレビの普及によって、ベルギーの映画館来場者の年間平均来場回数は8回から2回に落ちた。80年代までに、映画館の多くが閉鎖を余儀なくされた。
残った映画館は、気がついてみれば衰退する市場の中で互いに客の争奪戦を演じていた。みんなが同じような行動をとっていた。彼らは、10ものスクリーンを持つマルチプレックス(multiplex、同じ敷地、ビル内に複数の映画館のある施設)を設け、上映映画を多様化してあらゆるセグメントの客を引きつけるとともに、飲食サービスを拡充し、ショータイムを増やす方向に転換した。
既存の寅産をテコとして利用するこうしたやり方は、1988年にベール・クレイス社がキネポリスを創造した時点で時代遅れなものとなってしまった。キネポリスは、通常の映画館でもマルチプレックスでもなく、25のスクリーンと7600の座席を持つ世界初のメガプレックス(megaplex)であった。映画館来場者にいままでとはまったく異なる素晴らしい体験を提供することにより、キネポリスは初年度にすでにブリュッセル市場の50%を占有しただけでなく、市場自体を約40%拡大したのである、今日ではベルギー人の多くは、映画館の夜ではなく、キネポリスの夕べといった言い方をする。
キネポリスとベルギーの他の映画館との違いを考えてみよう。ベルギーの典型的なマルチプレックスは、たいていはせいぜい100席程度の複数の小型鑑賞室から成り、そこには7メートル×5メートルのスクリーンと35ミリのプロジェクターが備えられている。
キネポリスの鑑賞室は、最大700席もあり、足を伸ばす余地は広々としていて、鑑賞者はだれかが通っても動く必要はない。ベール・クレイス社では、規格はずれに大きな、各人にアームレストを備えた座席を設けた。またフロアは急傾斜に設計されているので、それぞれの客は視界を遮られることがない。キネポリスでは、スクリーンの大きさは29メートル×10メートルで、さらにそれぞれのスクリーンの音響振動が互いに伝播しないよう、個別の基礎の上に設置されている。鑑賞室の多くは、70ミリのプロジェクターと最新鋭の音響装置を備えている。
またベール・クレイス社は、市の中心部の一等地での立地を重視する業界の常識にあえて挑戦し、ブリュッセルの環状道路の外側、ダウンタウンから15分の所に立地した。来場客用の無料の駐車場は広く、各ロットは明るく照明されている。同社は、ブリュッセルの映画来場者にとって大きな悩みであった駐車場不足とその高料金の問題を解決するためには、徒歩による来場者を失ってもやむをえないとしたのである。
ベール・クレイス社は、かつてない素晴らしい映画体験を、それも料金を値上げせずに提供できているのだが、これはメガプレックスという考え方が、結果的には業界でも最も低いコスト構造を実現したからである。
キネポリスの1座席当たり平均建設コストは約7万ベルフラギーンで、これはブリュッセルの業界平均の半分以下である。これはなぜか。メガプレックスの市外の立地は安価である。つまり規模が大きいので調達が経済的になり、フィルム流通業者に対しても交渉力が高まり、この結果マージンが向上する。そしてキネポリスでは、25ものスクリーンについて集中発券と共通ロビー区域で対応するので、人件費と間接費の面で経済性を達成できる。加えて同社は、そのバリュー・イノベーションがクチコミで評判を得ているので、広告費にはごくわずかしか投入していない。



