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アパレルのカタログ販売で全米第2位のランズエンドの在庫水準は非常に高い。注文に対する品切れで機会ロスを起こしたり、そのことで一人でも顧客を失うことに比べれば、在庫を余分に持つことのほうがよいとする考え方だ。しかし、「数年間、その顧客を維持できなければ、ビジネスとして採算が合わない」「顧客を獲得することに使う費用をあとで長期的に回収する仕組みが必要である」と1994年当時の最高経営責任者(CEO)のウィリアム・エンド氏は語っている。
マクドナルドの95年のマーケティング・プランの目標は、現マクドナルド・ユーザーにもっと頻繁にマクドナルドを利用してもらおうというものだった。同社の経営陣は、彼らにとって「超ヘビー・ユーザー(典型的には、18歳から34歳の週3~5回はマックを利用する男性たちである。超ヘビー・ユーザーへの売上高は、全売上高の77%をも占める)」がいかに大事で、超ヘビー・ユーザーのためにいかにマーケティング・プランをマッチさせていく必要があるかを力説した。同社のある経営幹部が語ってくれたのは、新規顧客を開拓することに比べれば、既存顧客に使用頻度を増やしてもらうほうが簡単だ、という一般原則であった。
このようにマーケティングの目的に対するランズエンドとマクドナルドの表現の仕方は、非常に似ていて興味深い。つまり、両社とも製品を売ることではなく、顧客を維持することを強調しているのである。使い古された顧客志向の論調は、ようやくはっきりとした定義を持って語られ始めたようである。つまり、自社にとって価値の高い潜在的な顧客の関心を引きつけ、彼らを自社のユーザーにし、魅了してロイヤルティを高め、ここまでくれば比較的低コストで関係を維持できるというところまで関係を構築し続け、そして、そのために投資をすることこそが事業を成長させることにほかならない、ということである。ダイレクトメールを使い続けてきたランズエンドにとってみれば、この種の考え方は当たり前であるが、ダイレクトメールなどを使わない業種でも、この新しい顧客志向の考え方は急速に普及している。
フリークエント・ユーザークラブからカード式電子キオスク【*】やウェブページまで、マーケティングのツールがどんどんインタラクティブになってきた昨今、マーケティングの考え方そのものが次第にダイレクト・マーケティングのようになってきても不思議ではない。マス媒体を使ったコミュニケーションが主体だった頃は、マーケットシェアやメディアでの広告シェア、消費者の認知度などといった、マス・マーケティングを使って達成できることだけが目標となっていた。だが、コミュニケーション・ツールがインタラクティブになるにつれ、顧客の購買に占める自社商品の割合、顧客とのコンタクト結果、顧客満足などという、企業対個々の顧客の関係構築に適した目標が強調され始めたのである。良いマーケティングとは顧客との良い対話であり、つまり、潜在的な顧客を次第に、企業との双方向の満足した関係を持つに至るまで導き入れるプロセスであると考えられるようになってきた。対話が、相手を見つけて話を始め、そして話の流れを続けるという2つのステップから成るように、新しいマーケティングの考え方も2つに分かれる。新規顧客開拓と顧客維持・囲い込みである。
この2つの言葉を用いると、事業を成長させることは、新規顧客を開拓し、顧客を維持し続けることによって、企業にとっての顧客基盤の価値(顧客とのすべての対話の合計)が最大に増えるようにすることと定義できる。さらに、マーケティングの予算策定では、新規顧客開拓にどれだけ投資をし、既存顧客維持・囲い込みにはどれだけ必要か、というような視点に変わってくるのである。
当然ながら、業種、企業によって、新規顧客開拓と既存顧客維持・囲い込みのウエートは変わってくる。ちょっと極端な例だが、一般の中古車ディーラーのような業界では、既存顧客維持・囲い込みの努力は何の価値もない。なぜなら、もともと商品特性として、「囲い込める可能性」が非常に低いからである(顧客から見れば、スイッチングコストがゼロに等しい)。一般的には、顧客維持の重要性は、市場の成熟度によって変わる。では、どうやって最適な新規顧客開拓と既存顧客維持・囲い込みの間のバランスを決定すればよいのだろうか。
私たちが提案する新規顧客開拓と既存顧客維持・囲い込みの最適なバランスを決定するための基準とは、その企業の「カスタマー・エクイティ【*】」である。カスタマー・エクイティが最大のとき、その企業の新規顧客開拓と既存顧客維持・囲い込みのバランスは最適になる。カスタマー・エクイティを計算するためには、まず、事業の固定費に対する一人ひとりの顧客から得られる貢献利益の期待値を、その顧客がユーザーである限りの期間に対して計算する。そしてその将来にわたる貢献利益の期待値を、その企業のマーケティング投資に対する期待収益率で割り戻して現在価値に直すのである。これを一人ひとりの顧客に対して行い、すべての顧客分を合算すればよい。
カスタマー・エクイティの見積もりは、収入を生み出す不動産(賃貸アパートなど)のポートフォリオの価値を見積もるのと概念的に似ている。両方とも見積もりを大きく左右するのは、新規顧客開拓のためのコストと、維持した顧客から得られる将来の利益の2つである。もちろん、顧客との関係維持のためのコストやブランド戦略など、他のさまざまな要因もカスタマー・エクイティに大きく影響を与える。
新商品や新しいサービス導入の可否を判断するための質問は、「この商品(やサービス)は、新規顧客を取り入れることができるか」や「この商品(やサービス)は、顧客の我々に対するロイヤルティを向上させ、ひいては我々の顧客維持率を向上させるか」ではなく、究極的には、「この商品(やサービス)は、カスタマー・エクイティを増大させるか」でなければならない。新規顧客開拓と既存顧客維持・囲い込みへの資源配分を最適に行い、カスタマー・エクイティを最大化するという目標こそ、企業が全社のマーケティング・プランを考える際の基本方針として最上位に位置づけるべきである。
バランスの探索
新規顧客開拓と既存顧客維持・囲い込みのバランスの基準として、カスタマー・エクイティを用いるためには、カスタマー・エクイティを2つの現在価値に分解して考えることが必要である。一つは、新規開拓のための投資に対するリターンの現在価値の合計であり、もう一つは、顧客維持活動に対するリターンの現在価値の合計である。私たちは、意思決定支援モデルを用いて、新規開拓と顧客維持の関係を2つの曲線で表すモデルを作る。最初の曲線は、新規開拓のための投資と結果としての新規開拓率の関係を表し、2番目の曲線は、顧客維持のための投資と結果としての顧客維持率の関係を表す。もちろん、2つの曲線の形状は、個別企業や業種により特徴が異なる。



