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世界中の企業は、拡大主義が限界にきていることを認めようではないか。1ペニーの経費削減に努め、新製品を数週間早く市場に導入し、顧客の要求に少しでも早く応え、品質レベルをさらにもう一段上げて、マーケットシェアを1ポイント高く獲得する。これらは今日、企業経営者の強迫観念となっている。しかし、ライバルが新しい産業を起こしつつある一方で、単なる改善努力に執念を燃やしているさまは、大切なものが破壊されようとしているのをよそ目に、何の手も打たないようなものである。
どの産業分野を見ても、企業を3つに分類することができる。まず第1は、その業界をつくり上げた、業界の所有者ともいえるルール策定者である。IBM【*】、CBS【*】、ユナイテッド航空【*】、メリルリンチ【*】、シアーズ【*】、コカ・コーラ【*】など、彼らは業界の創造者であると同時に、業界の正統派的慣行の援護者でもある。彼らは少数独裁支配者だ。
次は、業界の「支配者」に敬意を表するルール利用者である。富士通、ABC、US航空、スミスバーニー【*】、J.C. ペニー等々の企業は、いわば小作人である。彼らの生活は厳しい。たとえばIBMのメインフレーム・ビジネスに追いつこうと、30年もの間富士通で働き続けることを想像してみよう。あるいは、マクドネルダグラス【*】がボーイング【*】を、エイビス【*】がハーツ【*】を追いかけることを想像してみよう。「我々はもっと一生懸命頑張ります」というのは立派な宣伝文句かもしれないが、それは戦略としてはまったく役立たない無駄なことだ。他の企業がそのルールを書き換えようとしているときに、業界ルールに従って一生懸命頑張ることのいったいどこに意味があるのだろうか。
そして、イケア、ザ・ボディショップ【*】、チャールズ・シュワッブ【*】、デルコンピュータ【*】、スウォッチ、サウスウエスト航空などの企業がルール破壊者である。これらの企業は、しきたりや先例に縛られることなく、全力を尽くして業界秩序を覆そうとしている。彼らは造反者であり、急進派であり、業界革新者である。
業界革新者にとっていまほど快適な世界だったことはないし、逆に業界支配者にとっていまほど好ましくない状況だったことはない。業界の少数独裁グループを守っていた要塞は、規制緩和の重圧や技術の進歩、グローバリゼーション、そして社会変化により砕け始めている。しかし古い業界構造を覆そうとしているのは、こういう変化の力だけではなく、この変化の力を自らの革新に利用しようとする企業の行動そのものなのだ(囲み「業界革新を起こす9つの道筋」を参照)。
もしあなたの会社が革新者でなく、支配者クラスだとすればどうするだろうか。革新的挑戦者たちに将来を明け渡すか、それともあなたの会社の戦略創造の方法の革新を図るか。いま求められているのは、伝統的な企画立案方法に少しひねりを加えることではなく、新しい思想の基本をつくることだ。すなわち、戦略とは革新のことであり、その他すべては戦術にすぎないのである。
業界革新を起こす9つの道筋
あなたが難攻不落の位置にある業界のリーダーでないかぎり、おそらくマイクロソフトでさえもそう思わないほうが賢明だろうが、歴史の教訓が示すように、現状を維持するよりも革新に向かうほうがより多くのお金を手に入れることができるだろう。革新の機会はたくさんあり、その多くはまだ開発されていない。
では革新なるものはどのようにして始めればよいのだろうか。
それは、製品やサービス、市場の広さ、そして全体の業界構造さえをも定義し直す方法を探すことによるのである。
製品やサービスについて考え直してみる
(1)価値方程式を大胆に改善する
どんな業界においても、現金XでYという価値のあるものを購入するというような、性能と値段の関係に関する比率がある。ここでの挑戦は、この価値比率を改善することであり、それをたとえば10%から20%ではなく、500%から1000%といった具合に、大胆に行うことだ。このような価値方程式の根本的な再定義は、製品やサービス自体を再考させる引き金になる。
たとえばフィデリティインベストメントでは、なぜ数千という単位のかわりに数十あるいは数百ドルの単位で外国のエクイティ市場に投資できないのだろうか。最近乗った飛行機で、ある客室乗務員が、「私は欧州ファンドから環太平洋ファンドにちょうど投資金を移したところだ」と言ったのを耳にした。こんな言葉は10年から20年前には想像も及ばないことだったが、フィデリティと他のミューチュアルファンド改革は、業界の価値方程式を再定義したのだ。
ヒューレットパッカードのプリンター・ビジネスとイケアも、また別の価値革新の例である。
(2)機能と形式を分離する
既存の製品やサービスの概念に挑戦するもう一つの方法は、コアとなる利点(機能)を、現在の製品やサービスにおいてその利点を具現化しているもの(形式)と分けて考えてみることだ。どんな組織でも機能と形式を区別することはできる。そしてそのどちらか、あるいは両方に、業界革新を創造する機会がないかを考えてみるのだ。
たとえばクレジットカードの2つの機能について考えてみよう。第1の機能は、クレジットカードがお店の人に対して、あなたがカードの示す人物であるという信頼を与えてくれる。あなたの名前はカードの表面に浮き出ていて、裏面にはあなたのサインがある。そしてカードの端にはあなたの写真さえある。それにもかかわらず、クレジットカード詐欺は急速に問題を引き起こしている。将来は「信頼」はどういう形で示されるようになるのだろうか。おそらく指紋、声紋、あるいは網膜走査といった生物学的測定情報によるのであろう。これらの技術に今日投資していないクレジットカード会社はいずれも、将来侵入者に驚かされることになるかもしれない。
クレジットカードの第2の機能は、クレジット限度額まであなたに請求する許可を与えてくれる。請求許可という特別なケースを一般的な許可の機能として考えてみると、どんな新しいビジネスチャンスが現れてくるだろうか。たくさんのホテルで、磁気線のついたカードが部屋に入る際の「許可」を与えている。クレジットカード会社はこのようなカードの使い方に新しいビジネスチャンスを見出さなかったのだろうか。カードセキュリティ市場は、ほとんど新参者で占められている。
(3)使う喜びを感じさせる
我々の生活では、使いやすさは当たり前のこととして受け止められている。新しい目標とすべきは、使う喜びである。我々は製品やサービスに、気まぐれで、センスがあり、情報性があり、そして単純に面白いことを望んでいる。平凡な製品やサービスに、これらの要素を付加できる会社には、業界革新のチャンスがある。
アメリカで売場面積比利益がいちばん高い食品業者はどこだろうか。おそらく、グルメ惣菜とディスカウント倉庫の中間のような、そのCEOのジョン・シールドが「ファッション食品産業」と呼ぶ、トレーダー・ジョーであろう。厳しい競争にさらされることもなくその74店舗は、1995年に、通常のスーパーマーケットの2倍、ほとんどの食品店の3倍にあたる、1フィート四方の売場当たり年間平均1000ドルの売上げを上げている。トレーダー・ジョーの顧客は、生活のためとしてと同様、エンターテインメントとしての買い物を楽しんでいる。この店には、たくさんの風変わりな食品が置かれている。たとえばジャスミン焼飯、鮭バーガー、ラズベリーサルサ等、注意深く商品が選別され、競争力のある値段設定で提供されている。買い物を、つまらない雑用から、食料品の宝物探しに変えることで、トレーダー・ジョーは過去5年間に2倍の、6億500万ドルの売上げを達成した。
市場範囲を再定義する
(4)普遍性の境界線を押し上げる
どの会社でも自社が関わる市場について、どんな個人や組織のタイプが顧客であり、また顧客ではないという、暗黙の概念を持っている。しかしながら革新的な会社では、自社が関わる市場に限らず、想像できる市場全体に焦点を当てている。
数年前にだれが、子供が35ミリ写真用フィルムのマーケットになると考えたであろう。あなたは500ドルのニコン製カメラを8歳の子供に与えようと思っていただろうか。たぶんそんなことは思いもしなかっただろう。しかしいまどきの親は、使い捨てカメラを、海外で、誕生パーティーで、あるいは家族旅行で、子供に与えることなど何とも思っていない。単機能カメラは、事実上普遍的に、人々を写真へ近づかせた。1995年には、単機能カメラは5000万個市場に達し、店頭売上げで1億ドルに近づいた。特定層から大衆へ、大人から子供へ、専門家から消費者へ、国内から全世界へ、伝統的な市場のくくりは革新的な会社によって、再定義されたのだ。
(5)個性を求める
だれも大衆市場の一部になりたい人はいない。私たちは皆同じ物を買うだろうが、そうしなくてはならないときに限ってのことだ。ユニークでありたいという、私たちの奥深くにある欲求は、業界革新の種なのである。
たとえばいまでは、ぴったりフィットしたジーンズを欲しい女性は、どこかのリーバイストラウス・パーソナル・ペア・ショップで採寸することができ、そしてコンピュータがちょうどよいサイズを選んでくれる。その女性のデータはリーバイスのコンピュータに送られ、数日後オーダー発注されたジーンズが届く。値段はどうなのだろうか。1本のジーンズで、既製のものより10ドル程度高いだけだ。
リーバイスは、この10年間にアメリカ国内に200店舗のパーソナル・ペア・ショップを展開しようと計画している。この会社は、プライベートジーンズという成長市場にかなりの重きを置くという革新的アプローチに期待をかけている。
(6)利用しやすくする
ほとんどのマーケットスペースが時間的、地理的な制約を受けている。顧客は、ある一定の時間帯に特定の地域の特定の店に行かなくてはならない。しかしマーケットスペースがサイバースペース上になりつつあり、業界革新者たちは利用しやすさにおいて顧客の期待に応えようとしている。
電話だけで受け付けている銀行、ファースト・ダイレクトを考えてみよう。イギリスで最も急成長をしている銀行であるファースト・ダイレクトには、1995年半ばに、通常の二、三支店に相当する月1万件の新口座が開設された。ファースト・ダイレクトの、専門家やワーカホリックたちで構成される50万人の顧客は、平均して、ファースト・ダイレクトの親会社であるミッドランド銀行より10倍残高が多く、またその一方、顧客1人当たりのコストはその61%しかかかっていない。あるアメリカの銀行では、いわゆるダイレクトバンキングの実験をして見積もってみたところ、少なくとも半分の支店を閉鎖できるという結果が出た。
業界の境目を引き直す
(7)業界の大きさを測り直す
業界革新者たちは、全国的でかつグローバルな新しい経済範囲を探し求め、開発している。世界中の産業は、たとえばオフィス清掃業や理容業でも、おそろしい速さで合併統合している。たとえば、消費者金融のようなかつてはローカルだった業界も、いまや全国的になりつつある。航空業のような全国的だった業界は、グローバルになりつつある。サービス・コーポレーション・インターナショナル(SCI)は、1分半ごとに、世界のどこかでだれかを埋葬あるいは火葬している。年間32万件の葬式を行い、伝統的にばらばらだった業界において、SCIは世界一大きな葬儀業者になった。ほとんどの葬儀社は家族単位の仕事だった。SCIは、小さい葬儀社を買収し、仕入れ、資産利用(たとえば霊柩車の共有)、マーケティング、事務におけるスケールメリットを得ることができたのだ。
もちろん、業界はサイズを小さくすることもできる。ベッド・アンド・ブレックファスト(朝食付き宿泊施設)、地ビール醸造所、地元のパン屋、そして特別な小売店は、狭く、あるいは地元の顧客だけに、もっと効果的にサービスを提供するために業界のサイズを小さくした結果生まれたものだ。
(8)供給チェーンを圧縮する
コグノセンティはdisinter-me diation(中間がない)という言葉を「仲介者の排除」という文字どおりの意味で使う。たとえばウォルマートは、倉庫を店舗へと本質を変えてしまった。それで伝統的な小サイズの小売業という仲介者がなくなってしまった。ゼロックスは、印刷業者から印刷物を運送する会社という仲介をなくし、会社が印刷物を配布する方法を新たに発明しようとしている。なぜ、年間報告書、ユーザー・マニュアル、カタログ、従業員手帳、そして他の印刷物がトラックで国中を運ばれなくてはいけないのかゼロックスは自問してみた。情報をデジタル化して送り、必要な場所の近くで印刷しないのはなぜなのだろうか。ゼロックスはこの改革を起こすために、多様なパートナーと協働している。
(9)集中性を高める
革新者は、業界における付加価値構造を革新的に変えるだけではなく、業界間の境目をぼやけさせる。自由化、情報の遍在、新しい顧客の要求が、改革者に、業界の境目を越えるビジネスチャンスを与えてくれるのだ。
たとえば、いまでは消費者は、ゼネラル・モータースからクレジットカード、プルデンシャルやGEキャピタルから抵当権、フィデリティ・インベストメントで退職口座、そしてチャールス・シュワッブの小切手帳を入手することができる。革新的な病院である「キャピテート」は、年間固定額で、個人にあらゆる範囲の健康サービスの提供を保証している。エットナのような保険会社は、健康管理会社に自分たちの業態を変えて応えている。ボストン・マーケットは、持ち帰り用の温かい家庭料理を提供し、スーパーマーケットは調理済み食品を幅広くそろえて提供し、さらに雑貨屋とファーストフード産業との境目を不明瞭にさせている。
業界革新者たちは、自分たちがどこの業界にいるのかたずねてみたりはしない。彼らは現在の業界の境界線は、バルカン諸国の境界線のように意味のないものだということを知っているからだ。
次に述べる10の原則を実践することにより、企業が改革精神を自由に解き放し、真の革新的戦略を発見する機会を劇的に増大させることになるだろう。日用品、情報サービス、食品業界、保険、そして通信関係等々の幅広い業界で、多くの企業がこの原則をすでに習得し、実行に移している。しかしながら、それぞれの組織に合わせてこの原則を翻訳し、独自の方法として適用しなくてはいけない。これらは段階的に説明をする使用説明書のようなものではなく、戦略創造に挑戦するための、すなわち業界革新者になることに挑戦するための考え方なのである。
第1原則
戦略立案は、戦略ではない
あなたの会社の計画立案の方法を考えてみよう。次のAの説明とBの説明では、どちらがあてはまるだろうか。
A:儀式主義、縮小主義、既知の事実から未知の事実を推定する、位置決めする、エリート主義、安易。
B:知りたがり、拡大主義、先見性がある、発明的発想、包括的、要求が強い。



