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画一的・均質的な工場は、バーチャル・ファクトリーにとって代わられるだろうと考えられていた。バーチャル・ファクトリーとは、複数の(何百までとはならないが)工場のそれぞれが、所在地には関わらず最もいい形で集中管理され、同時にすべてが個々に柔軟性を持ち合わせ、しかも低コストで稼働させることのできるネットワークでつながったコミュニティのことをいう。このようなネットワーク型工場では、異なるコンピュータ・システムを持った複数の企業でも在庫状況や納品スケジュール等に関する情報を交換することが容易になり、異なるCADシステムを持っている複数の企業でも設計段階でネット上の共同作業が可能になるものと期待されていた。また、企業はそのシステムに参加することにより、簡単な交渉とほんのわずかな出資だけで事業への入札権利を獲得でき、潜在的なサプライヤーになることも可能と思われた。さらに、小規模な製造業者も情報に対して大手企業と同様のアクセスが可能になるものと考えられていたのである。
しかしながら、ほとんどの企業は真の電子的なコラボレーションを理解できないでいる。たしかに、自動車製造業、織物製造業など、多くの製造業において多くのネットワークが存在している。しかし、それらの情報共有に注目してみると、サニュアエル・ジョンソン博士の次のような言葉が思い出される。「ネットワークがうまく動いていないことには驚かされるが、それがすべての企業においてそうであることを知り、もっと驚くだろう」
先進的な企業においてさえも、ムダのないコンピュータ統合生産のためのシームレスなネットワークづくりがいらだたしく、難しいものであると気づき始めている。こうした企業の多くのマネジャーは、情報システムをより柔軟なものにしようと努力している。また依然としてたくさんの紙がほうぼうにあふれていることに悩んでいる。さらに、膨れ上がる経費を抑えつつ自社のネットワークをより多くのパートナーに広げる方法について考えあぐねている。また、情報技術が仕事の改善に対して即効性を持っていないのに、なぜ情報技術に対して多大な投資をし続けなければならないのかについても理解できていない。
バーチャル・ファクトリーの構築を目指した多くの企業は、EDI、専用のグループ・ウエア(たとえばロータス・ノーツ)、専用のワイド・エリア・ネットワーク(WAN)という3つの主要技術を採用したが、これらが完璧な解決策ではないことは明らかだ。また、このことは決して意外なことではないが、これら3つの技術が効果を上げていない理由をきちんと把握していないマネジャーが多い。その理由は、大規模なバーチャル・ファクトリーを成功させるためにネットワークが満たすべき条件を考えるなら、明らかとなる。
エレクトロニクス、大型家庭用品、紙および航空機などの産業について考察すると、ネットワーク上に次の3つの基本的な条件があることがわかる。
□片隅に1台のパソコンしかない小さな工場から、エンジニアリング・ワークステーションやメインフレームが並ぶ巨大な工場まで、ネットワーク・メンバーの情報技術の知識には非常にばらつきがある。こうした参加者にもネットワークが対応できなければならない。
□ネットワークは、高いレベルのセキュリティが維持されなければならない。しかしサプライヤーと顧客は、その協力関係も範囲もまちまちで、絶えず流動している。そうした状況にうまく対応できなければならない。
□ネットワーク・メンバーには、複数のコンピュータ間でファイル転送を可能にする機能、情報の共有施設にアクセスできる権限、遠隔地のコンピュータ上にある種々のプログラムにアクセスしてそれを利用できる機能など、多くの機能が与えられていなければならない。
EDI、グループウエア、WANは、こうした条件のいくつかを満たしてはいるが、すべてを満足させることはできないし、3つの技術を組み合わせることも不可能である。では、こうした悲しい現実はバーチャル・ファクトリーが幻想のままで、素晴らしい目的地にはたどり着けないということを意味しているのだろうか。その答えは「ノー」である。なぜなら、真のバーチャル・ファクトリーは、すでに構築が始まっているのだ。たとえば、小規模で設立まもないが、アエロテック社という情報サービス会社がある。同社はマクドネルダグラス・アエロスペース社のためにバーチャル・ファクトリーを構築しており、このバーチャル・ファクトリーは、他社がこれまで採用してきた方法とは根本的に異なる新機軸を提示している(囲み「アエロテック社の真のバーチャル・ファクトリー」参照)。アエロテック社では、情報技術の知識を十分に持たないほとんどのメンバーに対して、開放的で親しみやすいネットワーク型製造コミュニティを構築しており、このネットワーク型製造コミュニティは、メンバーに対して非常に高い機能を提供できる。またコミュニティのメンバーが絶えず入れ替わっていても、バーチャル・ファクトリーが稼働する仕組みになっている。
アエロテック社の真のバーチャル・ファクトリー
ミズーリ州セントルイスに本拠地を置くアエロテック社のサービスグループは、マクドネルダグラス社と共同で実効性のあるバーチャル・ファクトリーを構築した。その開放的で柔軟なネットワークでは、IT洗練度も協力関係もばらばらなメンバー間の調整を行う。また、メンバーがバラエティに富んだ一連の仕事をできるようにし、しかも非常に安全である。
このような特性は、ネットワークでつながった製造コミュニティの参加メンバー数が、1993年半ば以降急増している理由を示すものである。この年マクドネルダグラス社から分かれたアエロテック社は、外部のサプライヤーもネットワークに加え始めた。それまでこのネットワークは、50名ほどの限定されたマクドネル社社員が、社内のばらばらなコンピュータ・システム間でデータをやりとりするために利用されていた。外部のサプライヤーたちが参加するようになると、ネットワークを使ってマクドネル社と共同作業をするというやり方に心を動かされ、さらにそのサプライヤーやパートナー企業も参加させてくれるよう頼んだ。1994年の秋までには、内部及び外部のメンバーは400社に及び、いまや数千にのぼっている。
多様な業務と幅広いメンバー企業の調整をはかり、できるだけ利用しやすいシステムをつくるため、アエロテック社では、インターネット用に開発されたプロトコルを採用した。インターネット自体、まさに超巨大なネットワークでありそれが世界中の数百万のさまざまなコンピュータとつながっている。また、アエロテック社は、通信手段も通信速度も、メンバー企業が広い範囲から選択できるようにした。ごく小規模であるとか一時的なメンバー企業については、モデムを使ってアクセスさせるようにしている。また長期的なメンバー企業たち、たとえば他の航空宇宙関連の大企業や政府では、精巧な高帯域幅の通信回線を利用するのである。
このネットワークは、メンバー企業に莫大な利益をもたらしている。マクドネルダグラス社とUCARコンポジット社(カリフォルニア州イルヴィンに本拠地を置く高性能複合部品の工作機械製造企業、売上1200万ドル)は、複雑な新部品のプロトタイプを迅速につくるためにネットワークを利用している。マクドネル社では、UCAR社にネットワークで最新の設計を送ろうとしたが、UCAR社のコンピュータと直接リンクすることはできないようにした。それはセキュリティの問題からで、たとえばハッカーがこうしたリンクから入り込んでアクセスし、マクドネル社のデータを修正してしまうといったことを防ぐためである(もちろん、UCAR社は信頼できるサプライヤーであるが、マクドネル社には同程度の規模の大切なサプライヤーが多いため、もしすべてのサプライヤーが直接的にリンクすると、ネットワークのセキュリティを維持することが費用的にも困難になるのである)。
アエロテック社では、代替案を提供している。まず、マクドネル社では、CADのファイルがUCAR社の金属切断機を操作するのに必要な数値制御機械コードに変換される。次に、マクドネル社では専用の高速通信網のプロトコルを利用してCADファイル、金属切断プログラムをアエロテック社の安全なネットワーク・ノードに変換する。最後に、アエロテック社のシステムが、それらの情報を通常の電話回線を使ってUCAR社に転送するのである。
いったん、情報がカルフォルニアのUCAR社に届けば、UCAR社の技術者たちが、CAD/CAM上で見て、プログラム上で最終チェックを行う。さらにその切断プログラムを彼らのコンピュータに転送し、製造を開始することができるのである。このようなやり方はUCAR社にとって非常に魅力あるものになっている。UCAR社の現場ではすでにペーパーレスの製造作業が実現されている。さらに現在、このシステムは、その製造と品質保証システムに対して直接データを提供できるようになりつつある。結果として、アエロテック社のシステムがこれらの転送に要する費用は、1ファイル(テープと速達費用)当たり4ドルから400ドルで、プログラム転送は数日とは言わず数秒で可能である。
このような切断プログラムの転送方法は、情報技術システムや専門知識がUCAR社に劣る数百の小規模工場でも利用が始まっている。5、6人規模の多くの小規模工場を含むこれらの企業では、アエロテック社に普通のモデムでつないで、パソコンにプログラムや図面をダウンロードすることができる。また、そのデータを部品製造に利用することもできる。
このようなバーチャル・ファクトリーは、これまでよりも非常に迅速に最適なサプライヤーを見つけ出すことにも役に立つ。以前マクドネルダクラス社では、入札資格を与えられたサプライヤーの代表者をセントルイスに招いて入札パッケージ(製図と製造工程明細書を含む)を検討した。そして特定の仕事をいくらで発注するのかを決めていた。そのサプライヤーたちは、すべての仕事の発注先が決まるまで入札のテーブルについたままで、その決定には数日を要する場合もあった。
バーチャル・ファクトリーの電子的な入札システムを使えば、マクドネル社のバイヤーは、入札資格のある世界中のサプライヤーに電子メールを入れ、インターネットを通じて入札と仕事の情報に安全にアクセスさせることができるようになっている。サプライヤーはこのシステムを利用して、セントルイスに入札できる。またこのシステムは、バイヤーのためにサプライヤーの費用を基準に個々の入札の評価も行ってくれる。マクドネル社では、電子的な入札による経費節減により、システム全体の運用コストを単独でも支払うことができるものと見積もっている。
またアエロテック社は、遠隔地のメンバー企業に他社のコンピュータにあるスケジューリング・ソフトを活用させ、製造コミュニティがより最適なスケジュール調整をできるようにしている。ワシントンの防衛プロジェクト部門では、マクドネル・ダグラス社のメインフレームにアクセスしてこのシステムを利用し、プロジェクト・スケジュールを維持管理できるグラフィックのプログラムを走らせたいと考えている。また、マネジャーは、このスケジューリング・ソフトを活用して、下請け企業が予定どおりに部品組み立て作業を行っているかどうかをチェックし、時間オーバーを早めに警告しようとしている。
アエロテック社の製造コミュニティが提供する機能のうち最も効力を発揮するのは、どんな場所からでも高度な情報技術を駆使することなく、巨大で複雑なソフトウエア・プログラムが確実に操作できることである。
たとえば、マクドネル・ヘリコプター社と取引のある米国陸軍のある部門では、新しいロングブローヘリコプターに必要な技術設計書を定期的に検討しているが、いまでは離れた場所からマクドネル社のコンピュータを操作して設計図を見ている。これまではファイルをダウンロードしていたが、そのために陸軍ではコンピュータに膨大なCADソフトウエア・システムが必要だった。これらの図面や画像プログラムは、アリゾナ州フェニックスのワークステーションにある。
アエロテック社では資格のある複数の顧客に対して、陸軍のようにプログラムをサービスできるコンピュータを配備している。アエロテック社では、どの程度の機能で、だれに対して、どのような接続が可能であるかといった記録を、定常的に保管しているデータベースのメインテナンスも行っている。伝送はすべてリアルタイムでアエロテック社の監視用コンピュータで行われ、フェニックスのコンピュータやネットワーク上の顧客のネットワークから無理やり入り込んでくるインターネットの邪魔者たちを防いでいる。
たしかに、長期間にわたりお互いに協力関係にあって高い技術を持った企業からなる親密な集団では、これらと同様の多くのシステムが実現されている。しかし、それらと異なり、アエロテック社のシステムは、長期的なパートナー企業と一時的なパートナー企業の両方が、簡単に、安全に、安く、しかも専用情報技術に新規に投資することなく共同作業を行える。
現在、アエロテック社とマクドネル社では、このシステムからさらなる価値を生み出す方法を模索中である。特にアエロテック社では、マクドネル社が交換部品事業用の図面の販売・提供が可能な回線を提供することにより、技術データの情報ブローカーになる方法に注目している。現在、多くの交換部品は防衛戦略庁が調達しており、製造企業に交換部品製造の見積もりを要求してくる。しかし、これまで見込みある製造企業の多くが、適切な図面に対して迅速にアクセスできないという理由で、マクドネル社を含めその事業から撤退している。
しかし、マクドネル社は、図面と技術データへの迅速なアクセスを販売する道を選ぶことで、製造技術の質の高い企業から成る巨大なグループならば、こうした仕事への入札が可能になると考えている。また、競争のシミュレーションを行って、このアプローチを使えば、予備部品のサプライヤーの質を向上させ、最も造るに値するような部品だけを製造業に許可し、技術データの管理と蓄積が可能な情報システムを使ってより多くの収益を生み出すことも可能と考えている。
アエロテック社では、より多くの交換部品のサプライヤーをバーチャル・ファクトリーに参加させ、交換部品製造に必要な情報へのアクセスを活発にし、データ作成者に請求し、マクドネルダグラス社が選択した価格モデルをすべて活用したいと考えている。マクドネルダグラス社、アエロテック社、そしてバーチャル・ファクトリーのメンバー企業は、その大きな可能性を引き出そうとしている。
このようなタイプのネットワーク型製造コミュニティを実現するには、2つの重要な要素が必要である。インターネット用のプロトコルに基づいたオープンな規格と、筆者たちが情報ブローカーと呼んでいる機能である。インターネットのWWWを利用する人ならだれでも知っているように、情報技術システムが違っても、オープンな規格によってコミュニティ・メンバーの情報共有が容易になる。さらに、コミュニティ・メンバーが自分以外の人のコンピュータ環境を利用することも可能になる。結局のところオープンな規格とは、参加者それぞれが複数のコミュニケーション・チャネル(通常回線から高速通信網まで)を選択することを可能にしてくれる。そして、このような機能は、バーチャル・ファクトリーの実現に必要とされるいくつかの役割と最も適合するのである。真のバーチャル・ファクトリーにおいては、ネットワークそれ自体が工場なのである。



