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インターネットが一般ユーザーに爆発的に利用されるようになってからというもの、インターネットは必ずや商業革命を引き起こすという期待がつねに持たれてきた。従来とはまったく異なる、新しいビジネスの世界が誕生するという期待である。その新しいビジネス世界では、何百万人もの買い手と売り手が、安く、瞬時に、匿名で取引を完了できるし、商取引上の摩擦もなくなるといわれてきた。何層もの仲介業者を通さずに済むため、企業の側は自社製品を顧客に直接販売することができるようになるという。そして消費者の側は、用途に応じた製品を特別注文したり、製品を供給する企業と相互に意見を反映し合ったり、自宅にいながらにしてビジネスを行うことができるようになるというのである。インターネットは、企業と顧客とを結びつけ、その結果、市場を拡大し、効率を高め、コストを低下させると期待されてきた。過激な期待ではあるが、その過激さゆえに、すでに数千社もの企業がサイバースペース(電脳空間)にこぞって参入している。
しかし、そうした企業の多くにとって、インターネットはいまだ期待どおりの成果をもたらしてはいない。サイバースペースで事業を展開するということは、進取の気性に富んでいるし、気持ちを高揚させるものかもしれないが、同時に、ストレスや混乱を起こすわりに、利益は低調といった結果にもなりかねないのである。一部の企業にとっては、オンラインでの商取引は従来のビジネスを拡大していくうえで、自然に到達した結果であるのに対して、別の企業、なかでもソフトウエア、出版、金融サービスといった情報集約型産業の企業にとっては、サイバースペースへの進出はそうたやすくはない。情報集約型企業が直面している問題は、技術や創造力の欠如とはおよそ関係がない。問題は、ルールの欠如にあるのだ。
これほど大規模な転換が進行しているさなかに、なぜ、企業のトップたちはルールのような平凡なことを考えるために、足踏みしなければならないのだろうか。その答えはこうである。ルールが、商取引にとって決定的に重要だからである。ルールによってもたらされる秩序なくしては、ビジネスを行うことはできない。
いまのところ、サイバースペースにはルールはほとんどないに等しい。電子的な製品の著作権の法的資格は、いまだに明確に定義されていないし、オンライン交換や「電子マネー【*】」をとりまく法的・現実的課題もあいまいなままである。また、インターネット上でルールを施行する権限はごく限定されているうえ、オンライン上で行為の規範を侵した者を処罰する機関もないに等しい。こうした問題は、以前から明らかになっているにもかかわらず、いまだに解決には至っていない。問題が解決されるまで、サイバースペースは今後も西部開拓時代のフロンティアといった世界でしかないのだろう。つまり、たしかに機会があふれてはいるものの、きわめてリスクの多い空間なのである。
サイバースペース・フロンティアを子細に眺めてみるとき、ルールが確立されていない現状は、必ずしも、政府がインターネットに警備の兵を送り込んだり、企業が失望して撤退した後にインターネットがハッカーやチャットラインが利用するだけの場となることを意味しない点は、認識しておかねばならない。企業は、サイバースペースに軽率に参入するまえに、熟慮しなければならないというわけである。たとえば、企業は、ただワールド・ワイド・ウェブ(WWW)【*】にホームページを開設するより、別の進出方法を選び、ルールが有効に機能し、ビジネスから利益を得ることが可能なオンライン・コミュニティを集団で築きたいと考えるかもしれない。たとえば、自動車部品のサプライヤーの場合、複数の企業が集まって自動車産業だけを対象とするネットワークを結ぶことになるかもしれないし、投資顧問会社の場合は、製品の流通範囲が限定でき、代金の回収も確実な市場だけを相手に商売しようとすることが考えられる。
このようなオンライン・コミュニティからは、現在、多くのインターネット信奉者が想像しているのとはまったく異なる形態のエレクトロニック・コマース(電子商取引、以下eコマース)が生まれるだろう。そして、オンライン・コミュニティはあらゆる人に開放されることにはならないだろう。また、サービスの利用者から料金を徴収するケースがますます多くなっていくだろう。情報がすべての境界を越えて無制限に流されることもないだろう。オンライン・コミュニティは、現在のインターネット精神を変化させるであろうし、いまのインターネットの野放図な混乱状態に秩序と管理をもたらすだろう。オンライン・コミュニティは、商取引のルールを構築することにより、ビジネスに対する企業と政府とのパワーのバランスをシフトさせることにもなるだろう。このようなシフトは、特定の企業のパワーゆえに起きるものではなく、また、ビジネスというものに、本来、開放的なインターネットあるいは情報の自由な流れとは正反対の性質があるから起きるわけでもない。eコマースがオンライン・コミュニティの方向へ進んでいくのは、企業が生き残りのためにルールという基盤を基本的に必要としているからなのである。
このインターネット・コマースというビジョンは、多くのインターネット信奉者たちが構想しているものほど過激でもなく、ビル・ゲイツなどが掲げている、開放的で規制がなく摩擦とも無縁な商業世界という考え方ともかけ離れている。しかし、インターネット・コマースというビジョンは、今日の企業の大半が直面している現実に配慮したものである。我々は、インターネットに潜在する商業の将来性が巨大だということに変わりはないと考えるが、管理のないサイバースペースにそうした将来性があるとは思わない。取引が簡単に実行でき、コストを低く抑えられるというインターネットの技術上の能力がありさえすれば、約束されている商業的発展が実現できるわけでもない。
その反対に、企業の財産を守り、利益を増進させる、確かなコミュニティを企業が築けるかどうかがカギである。そうした企業の能力以外に、他の企業に、オンライン・コミュニティを構築し、商取引を仲介し、コミュニティに属すメンバーを保護する能力がどれだけあるかも重要である。すなわち、インターネットの約束する商業的成功を実現するには、ルールが必要なのである。そして、サイバースペースで最大限の利益を上げようとする企業は、いま、目の前に出現している新しい世界の新しいルールを考案し、これを支持し、適用していく開拓者である。




