意思決定を左右する直感の力

 今回は直感の理論を取り上げる。我々はビジネスや日常におけるさまざまな局面で、いわゆる論理的思考だけでなく、直感を用いて意思決定を下している。「意思決定には直感が重要」と述べる著名経営者やリーダーは驚くほど多い。以下はその例だ。

 カンというと、一般的には何となく非科学的で、あいまいなもののように思われるけれども、修練に修練をつみ重ねたところから生まれるカンというものは、科学でも及ばぬほどの正確性、適確性を持っているのである。(松下幸之助・パナソニックホールディングス創業者[注1]

 もし私が、他の人の言うことを素直に聞いていたら、ブログ事業から手を引いていたはずです。でも、私がアメーバ事業から撤退せず、なんとか成功できたのは、直感を大事にしたからでしょう。理屈や論理で成功するのは、ある程度のところまでが限界です。大ホームランを打つには、心を強く保ち続けることが大事な気がします。(藤田晋・サイバーエージェント会長[注2]

 経営学でも、経営者・ビジネスパーソンの直感への関心は常に高い。しかし、この分野は定量研究が難しく(直感を可視化するのは不可能に近い)、トップジャーナルでの実証研究は少ないのが現状だ。たとえば最近の研究を一つ挙げると、ランカスター大学のニール・シェファードが2024年に『ジャーナル・オブ・ビジネス・リサーチ』に発表した論文[注3]では、英国企業27社のマネジャーへのインデプスインタビュー(=定性調査)から、マネジャーの直感が機能しやすい条件を調査している。図表1「直感に関する経営学の代表的な研究論文」は、経営学のトップジャーナルに掲載された近年の数少ない直感研究の論文を整理したものだ。

 拙著『世界標準の経営理論』でも第21章「意思決定の理論」で、直感に関わる「ヒューリスティック」について解説した。そこでは、まず人には合理性・論理性を欠いた意思決定バイアスが、さまざまな形で存在することを述べた。そのうえで、実は逆にそのバイアスの元となるヒューリスティックが、時に論理・分析思考より高い精度を示すことがあるという近年の研究成果にも言及している。

 ではなぜ、本連載であらためて直感の理論を大きく取り扱うのか。2つの理由がある。

 第1に、近年に入り直感に関する研究がさまざまな学術領域で急速に進展していることがある。直感は経営学というよりも、心理学、そして近年では神経科学、神経経済学などで研究が蓄積されてきている。その一部の視点が、経営学に流入している状況だ。前述したように、経営学では直感に関する実証研究はそこまで豊富ではない。そこで今回は経営学の範疇を超えて、世界の直感研究の先端の知見を、認知心理学・神経経済学などさまざまな分野から包括的にまとめ、「現時点での世界標準の経営理論」として整理した。

 第2の理由は、AIの台頭である。本連載第1回で述べたように、これから間違いなく「AI時代」がやってくる。人間が担ってきた論理的な作業・定型業務は、確実にAIに奪われていくだろう。実際、すでに2025年にはAIエージェントが登場し、2026年以降はさまざまな業務・職業がAIエージェントに代替されていく可能性が高い。たとえば、マイクロソフトは業績が好調にもかかわらず、2025年に1万人規模のリストラを実施した[注4]。また、有名大学を卒業しても、若者が就職できない状況も生じている。雇用の流動性が激しい米国では、すでにAIが仕事を奪いつつあるのだ。時間のずれこそあれ、この波はやがて日本にも到来するだろう。

 そしてこのAI時代、おそらく人間に最後まで残る重要な役割は、「直感による意思決定」である可能性が高い。なぜなら、かなりの確率でAIに直感は代替できないからだ(理由は後で述べる)。AIと人が仕事を奪い合うのか、それとも協働できるのかは、いま最もホットな研究トピックであり、現時点で明快な答えはない。しかし、そこでカギとなるのが直感であることは、間違いがないのだ。

 今回は、AIと直感の関わりをめぐる最先端の知見も提示しつつ、未来での人のあるべき役割について、私論も含めて解説していきたい。ではまず、拙著『世界標準の経営理論』で十分に示しきれなかった大前提から解説しておこう。それは、直感的な意思決定には大まかに3つの種類があるということだ。