製造機能を競合優位の源泉と見ているハイテク企業はほとんどない。それどころか、外部の契約会社や合弁パートナーへ製造を全面委託するハイテク企業が増えている。こういった企業は、そうすることによって、製造工場への高額な投資のために、製品の研究開発という彼らが真の競合優位の源泉とみなしているものへ資金がまわらなくなるリスクを避けようとしているのだ。

 ところが、我々がこの10年間にわたって医療産業を対象にして実施してきた研究、とりわけ、最近完了した製薬業界を対象にした研究の示すところによると、そのような経営判断こそコスト高につながるだけでなく、ハイテク企業が健全な競合力を維持するうえで危険な事態を招きかねないのだ。新しい製品と新しい製造プロセスとの同時開発に長けること――それは可能であるだけでなく、現代のハイテク企業にとって必須なことなのである。製品技術が急速に発展している多くのハイテク製品市場では、製造プロセスのイノベーションは製品イノベーションを実現するうえでますます重要になっている。この潮流に照らせば、多くのハイテク企業はむしろ製造プロセスの研究開発のほうへ、より多くの資源と関心を集中させるべきなのだ。

 こんな例がある。シグマ製薬(実在する企業の架空名)は10年の歳月と1億ドル以上の研究開発投資をかけて新しい感染症治療薬を開発した。このプロジェクトはだれの目から見ても大成功であった。安全性ときわめて高い有効性が臨床試験で実証され、すぐにアメリカFDA(食品医薬品管理局)から販売を承認されたからである。しかし、残念ながら、経営幹部は臨床試験を迅速化することにのみ心を砕き、製造プロセスの開発は軽視していたのだった。

 複雑な分子で構成されるこの医薬品をつくるには、斬新なプロセス技術を開発しなければならなかったのに、FDAの承認取得の見込みがつくまではプロセス開発へほとんど資源を投下しなかったのである。販売時に至っては、プロセス技術の歩留まり向上を検討するべき時間がもうなかった。結局、初期需要に対応するには生産容量を増加させることに投資せざるをえなかったが、それにほぼ2年間を要した。そうこうするうちにシグマ社は潜在売上げを失ったし、なおひどいことには、独占的な地位を築けたはずなのに、製品を市場へくまなく浸透させるチャンスをも失ってしまったのである(まもなく対抗品が承認される見込み)。

 シグマ社が苦境に陥ったのは、見通しが甘かったからではない。長い臨床試験の実施期間のうちに集積されたこの医薬品の安全性と有効性に関する十分なデータから、需要を予測することは可能だったのだから。また、浮世離れした科学者が製造不能な製品をこしらえて、無邪気な製造グループへ壁越しに放り投げたからでもない。それどころか、プロセス技術の開発担当グループは十分経験を積んだ優秀な技術者たちであり、工場での試験(パイロット)生産や大量生産への移管といった、製造グループとの共同作業に長けていたのである。つまるところ、シグマ社が生産立ち上げ(ramp-up)に遅れ、歩留まりの低い生産プロセスに甘んじたのは、プロセス開発に対して、特に製品開発サイクルの初期段階で十分投資をしなかったからなのである。

 シグマ社だけではない。欧米製薬企業11社が開発してきた23件のプロジェクトを対象にした我々の研究成果によれば、プロセス開発に絡む問題によって製品の上市(訳者注:新薬の申請、審議、薬価交渉を経て医療の現場で使われる状況になることを指す)が遅れたり、市販後の成功が阻まれた例は枚挙にいとまがない。そして、このような失策の背後に(1)ある原因は、ほとんどの場合、プロセス技術はたいして重要ではないとする経営幹部の信念にあったのである。このような経営者の姿勢は、驚くべきことに、名だたる製薬企業だけでなく、新興のバイテク(=バイオテクノロジー)企業の中にも見られた。同じ現象は他のさまざまなハイテク業界にも見られる。ヒット製品は利幅が大きく、その収益に照らせば製造コストなど問題にならないと経営者たちは考え、製造技術を戦略上の能力として見ずに、それを管理・育成することを怠ってきたのである。

 その一方で、プロセス開発を製品開発サイクルの最重要部分として処遇することで利益を得ている企業もある。たとえば、ひと握りの製薬企業ではあるが、迅速で、能率的かつ実効的なプロセス開発を支援する組織を構築した経営者がいる。この新しい組織がその能力を存分に発揮することで、これらの企業では競合企業よりも迅速に新製品の生産を開始し、十分管理の行き届いた、歩留まりの高い生産プロセスによってコスト優位に立つことができた。さらにまた、新製品上市後も積極果敢にプロセス改良を追求することで、その競合優位性を強めていた。この結果、彼らは新製品を以前より円滑に上市し、複雑な製品をより容易に商品化し、より早く市場に浸透させることができるようになったのである。そしてきわめて印象的なのは、競合企業よりも投下資本や全体の開発資源が少なくてすんだということである。製品イノベーションが金科玉条とされる製薬業界の中で発見されたこの新しい構図は、他のハイテク業界の経営幹部にも再考を迫るものだ――プロセス開発は自分たちが思っている以上に重要なのではあるまいか、と。

プロセス技術の隠れたレバレッジ効果

 プロセス開発やプロセス・イノベーションを優先化しない理由を尋ねられたハイテク業界の経営幹部は、そんなことに注力しても製造コストを下げるだけのことだからと、口を揃えて答えたものだ。しかし、彼らはプロセス開発から生まれる他の重要なレバレッジ効果を看過しているのである。たとえば、製品上市の迅速化、生産立ち上げの早期化、製品機能性と顧客アクセプタンスの強化、独占的市場地位の維持、といったものだ。

 製品上市の迅速化

 新製品の市場導入時期は、一般に想像される以上に、製造技術の開発によって影響される。我々が今回の研究をしているときにそのことを痛感した製薬企業がある。新製品の開発とFDA承認に要する期間を短縮し、開発経費を有効活用することに執着してきた経営幹部たちは、そのときまでこの業界の常とするやり方で、企業の研究開発費のほとんどすべてを製品イノベーションにかけていた。しかし、プロセス開発に携わるマネジャーたちは、プロセス技術を開発し、工場の生産体制を確立させるのに必要とされる時間は、製品開発のリード・タイムからさらに1年くらいかかることをすでに知っていた。明らかになったのは、経営幹部だけがそのことを知らなかった、ということである。