-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
-
PDFをダウンロード
2000年までに最も成功するコンピュータ会社は、コンピュータ生産会社ではなく、コンピュータを利用する会社である。このリーダーたちは、驚くほど低価格で高性能のハードウエアを活用して、新しいアプリケーションを開発、発売するであろう。そして、コンピュータ利用の新しいパラダイムを切り開き、支配し、顧客との間に永続的な影響力を生み出す流通および統合の専門知識を組み立てるであろう。企業が適切なハードウエア――これが最も進んだハードウエアであることはまずない――を安定的に供給するかぎり、そのハードウエアをつくることによる利益はますます少なくなり、一方では不利益が大きくなる。未来は、コンピュータをつくらないコンピュータ会社の手にある。
グローバルな半導体およびコンピュータ生産におけるアメリカのシェアの衰退によって、アメリカのハイテク社会内部には、一種の恐怖感が広がっている。不安感を抱くアメリカの経営者たちは、コンピュータ・ハードウエア産業で最も成長性の大きいラップトップ・コンピュータの分野で、アメリカ市場における日本のシェアが43%であることを指摘する。彼らは、世界的規模でのDRAM生産を日本が支配していること――そして半導体メモリーにおける日本のヘゲモニーに対して台湾と韓国の企業がおずおずと挑んでいる戦い――に絶望感を抱いている。彼らは、スーパー・コンピュータの生産における日本電気や富士通の進撃に苦しんでいる。日本電気や富士通のスーパー・コンピュータのスピードは、この〝戦略的〟技術分野におけるアメリカのリーダーであるクレイ・リサーチやシンキング・マシンズのスーパー・コンピュータのスピードとほとんど変わらなくなっている。
こうした競争による敗退は確かに混乱をもたらしている。しかし恐怖心を抱くのは見当違いである。むしろコンピュータ会社の経営者は、この傾向を促進するべきだ。こうした事態は、アメリカの指導的なコンピュータ企業にとって良いニュースである――ただし彼らが過去を忘れ、新たな現実を受け入れるべく自らの技術、生産、マーケティングの戦略を再構築することが前提であるが。アメリカ企業の戦略目標は、コンピュータを組み立てることであってはならない。それは、コンピュータ利用における永続的な価値を創造することでなければならない。コンピュータそれ自体は、次第にコンピュータ利用における価値創造にとって非本質的なものとなる。コンピュータをどのようにしてつくるかではなく、どのように使うかを明確にすることによって、数十年後に真の価値――その結果として市場支配力、雇用、富――が創造される。
コンピュータ産業は、自らの著しい技術進歩によって引き起こされた大きな戦略的転換を経験している。コンピュータ産業は、そのほとんどの歴史において、ハードウエア能力の限界による制約を受けてきた。コンピュータは、それ用に開発されたアプリケーションを効果的に活用できるほど強力でもなく、余裕もなかった。半導体技術の世代交代が進み、より低価格、小型で高性能のコンピュータがつくられるようになるにつれて、より多くのアプリケーション活用への道が開かれた。顧客はこれに応えて、この産業への支出を増やし続けてきた。たとえば1980年から1985年の間に、コンピュータの性能についての標準的な尺度であるMIPS(1秒当たり100万回の命令)当たりのエンドユーザー平均価格は、25万ドルから2万5000ドルに低下している。この同じ期間に、アメリカにおける1人当たりコンピュータ支出額は、90ドルから180ドルに上昇している。
現在では状況は変化している。ハードウエア能力の進歩を推し進めてきた力――能力の向上したマイクロプロセッサ、ごくわずかなチップ上の多くの機能の搭載、低コストで効率的な製造技術――は、すべて今なお有効である。1985年から1990年までにMIPS当たり平均価格は、それ以前の5年間とほぼ同じ率で低下して、2万5000ドルから25000ドル以下になっている。しかしこうした進歩から直接新しい適用業務が可能になることはもはやない。簡単に言えば、コンピュータは意図した使い方以上にあまりに大きな能力を持つに至ったのである。その結果、顧客は支出を抑制し始めた。過去5年間で、アメリカの1人当たり支出額はほぼ200ドルになったが、年間の伸びはわずか4%にとどまっている。当然のことながら、業界の収益性も悪化している。1980年から1985年にかけて、アメリカのコンピュータ・メーカー上位14社の税引後利益額は、売上高に対して平均11.5%であった。1985年から1990年は、平均6.5%である。
価値は希少性から生まれる。コンピュータ産業においては、希少性は、能力――コンピュータとそれを支える半導体技術が可能にするもの――と利用方法――人間の想像力とソフトウエア・エンジニアリングがコンピュータにさせることができるもの――との間のギャップに存在する。したがってこのことは良いニュースである。アメリカの企業は、このギャップを埋めるほとんどの技術において世界をリードしているからである。それは、マイクロプロセッサーのアーキテクチャーであり、オペレーティング・システム(OS)であり、ユーザー・インターフェースやデータベース、アプリケーション・ソフトウエアである。このリードは、永続的でもないし、堅固なものでもない。しかし、強力で生産的な産業の基盤となるものである。
アメリカのハイテクについての多くの議論は、真のコンピュータ会社とはシステム・ハードウエアを製造している会社であるということを暗黙の前提としている。しかし、筆者はこれに同意しない。コンピュータ会社は、その顧客のコンピュータ利用の基本的な源泉である。したがって、パソコン向けのシステム・ソフトウエアの世界の指導的開発者であるマイクロソフトは、〝ソフトウエア〟会社ではない。マイクロソフト社はコンピュータ会社である。確かにマイクロソフト社のMS-DOSとウィンドウズ操作環境は、世界の2大コンピュータ・ブランドであろう――このブランドはインテルやコンパック等のブランド名よりも明らかに大きな価値を持っている。顧客は、MS-DOSとウィンドウズによるコンピュータ操作に固執する。顧客は、ソフトウエア環境がその上で設計されるマイクロプロセッサーには(価格対性能比とソフトウエァ実行能力を除いては)ほとんど無関心である。さらに、その環境を搭載するハードウエアについているネームプレートにはますます無関心の度を強めている。
同様にメントール・グラフィックスもまたコンピュータ会社であって、ソフトウエア会社ではない。この会社は売上高4億ドルの規模を持ち、エレクトロニクス自動設計用ソフトウエアの世界有数の供給者と考えられている。メントールの提供システムで動くワークステーションのほとんどをつくっているヒューレット・パッカードも事実、ハードウエア・メーカーであるよりも真のコンピュータ会社である。メントール社のConcurrent Design Environment(同時並行型設計環境)はこれまでに開発されたワークステーション用ソフトウエアの中でも最も高度なものである。これを構成する800万行以上のコード(命令文)および核となる顧客――集積回路やプリントされた回路基板、電子システムの設計者――のニーズの徹底した追求と理解は、ヒューレット・パッカード製ハードウエアの価格対性能比よりも長期的に耐えることのできる利用方法の源泉である。したがって、ヒューレット・パッカードではなく、メントールが顧客に対する真の影響力を持つ。一つの会社が市場で活動し、市場にとどまる力を測定する真の尺度は、顧客に対する影響力である。それは垂直統合ではない。
マイクロソフト、アップル、そして競争の核心
マイクロソフトの成長を考えてみよう。伝統的な考え方に従えば、同社はコンピュータ産業における最も強力な会社として描かれる。マイクロソフトは、年間約15億ドルの売上げを生み出し、4500人以上を雇用している。そして130億ドルの市場価値を支配しているが、これはアメリカのコンピュータ会社の中ではIBMに次ぐ額であり、マイクロソフトの10倍の規模を持つディジタル・イクイップメントの市場価値を70%上回っている。
しかしマイクロソフトは、コンピュータをつくっているわけではなく、販売しているわけでもない。むしろマイクロソフトは、コンピュータをどのようにして設計し、製造し、適用するか、指令を発するのである。同社のOS,ウィンドウズ3.0は、コンピュータ利用の傑出したパラダイムである。このシステムは、何百万人というコンピュータ・ユーザーが自分たちのソフトウエアの操作において期待する方法と、何千人もの開発者が新しいアプリケーションを書く際の命令環境を明確に定義する。マイクロソフト繁栄の理由は、機械の能力と利用方法とのギャップを埋めたことであり、しかもそれを、独自の立場を確保しながら、相対的に影響力の低いハードウエア会社の大規模な資本投資の模倣を避けることによって実現したことである。マイクロソフトは、ハードウエアをつくるよりも、ハードウエアの生産と利用をつなぐ道に〝税をかける〟ほうが儲かることを知っているのである。



