今日、企業は2つの違った世界の中で競争をしているといえる。その2つの世界とはすなわち、目に見え、かつ体感できる「もの」によって構成された物理的な世界と、目に見えない「情報」によって構成された仮想的な世界である。後者の仮想的な世界においてはエレクトロニック・コマース(電子商取引)という新しい取引形態が出現し、新しい価値創造の源として注目を浴びている。この新しい情報の世界のことを我々は「空間市場」と呼び、「物理市場」と呼ぶ物理的な市場と区別している(DHB95年3月号「情報流通がビジネスをつくる空間市場」を参照)。この両者の違いを説明するためにいくつか例を挙げよう。留守中にメッセージを受けるために使う留守番電話は、物理的世界でつくられ、かつ、売られている「もの」を使っているにすぎないのに対し、電話会社と契約して使用するボイスメール・システムは、空間市場という仮想の世界を利用している商品だといえる。空間市場では製品やサービスがデジタル情報として存在し、「情報の流通チャネル」を通じて配信されるのである。たとえば、銀行は物理市場において各支店レベルで顧客にサービスを提供しているが、同時に、空間市場においては電子オンライン・サービスも提供している。航空会社は物理市場と空間市場の両方でチケットの販売を行っている。ファーストフード店は今はカウンター越しに顧客から注文を取っているが、コンピュータに接続されたタッチ・スクリーンを通じて注文を取る方式にどんどん変わっている。

 企業経営者は、物理世界と仮想世界の両方でいかに価値を生み出すかということに注意を払わなければならなくなってきている。しかし問題は、価値創造のプロセスはこの2つの世界で同じではないということである。物理世界と情報世界において価値創造のプロセスがどう違うか、また、両方がどう相互作用しているかを理解することにより、経営者は組織がどんな戦略的課題に直面しているかについて、より明確にかつ包括的に見ることができる。物理世界と仮想世界という互いに関連の強い世界の中で、相互に作用するこの2つの価値創造プロセスを管理することは、概念的にも戦術的にも新しいチャレンジである。この両者のマネジメントをいかに習得すればよいかを理解している者が、最も効率よく価値を創造したり、引き出したりできるのである。

 学者やコンサルタント、経営者は長い間、しばしばバリュー・チェーン・モデルを使って物理世界における価値創造のプロセスについて説明してきた。バリュー・チェーンは一連の付加価値活動を表現するモデルで、企業の供給サイドの工程(原材料の仕入れ、生産工程)と需要サイドの工程(流通、マーケティング、営業)を結び付けるものである。経営者は効率や生産性を向上させるために内的/外的プロセスの再設計を行ってきたが、それはバリュー・チェーンの各段階を分析することによって行われてきた。

 バリュー・チェーンのモデルは、情報自体を価値の源泉としてではなく、それぞれの価値創造プロセスをサポートするものとして扱う。たとえば、経営者は、在庫、生産、流通といったプロセスに関する情報を収集し、プロセスをモニターしたり、コントロールしたりする助けとして情報を使用するのがほとんどのケースで、全く新しい価値を創造するために情報そのものを使用することはめったにない。フェデラル・エクスプレス社は、インターネット上のウェブ・サイトで、発送した荷物をトラッキングできるサービスを提供しているが、これは価値創造のために情報そのものを使用している数少ない例である。顧客は自分のコンピュータをオンラインでフェデラル・エクスプレス社のサイトに接続し、伝票番号を入力するだけで輸送中の荷物がどこにあるかを知ることができる。また、荷物が配送された後、受取書にサインをした人の名前まで知ることができる。フェデラル・エクスプレス社はこのサービスを無料で提供しているが、このサービスにより顧客に対して付加価値を生み出し、激烈な競争市場においてフェデラル・エクスプレス社に対する顧客のロイヤルティを向上させたのである。

 情報によって価値を創造するために、経営者は「空間市場」を見なければならない。基本的に空間市場のバリュー・チェーンは、物理市場のバリュー・チェーンと同じような考え方ができる。たとえば、買い手と売り手が実際の現金を取引するのと同じように電子ネットワークで資金を移転できるというように、方法は違うが同じ考え方ができる。しかし、空間市場において生の情報から全く新しいサービスや製品を創り出すために企業が採用すべき価値創造のプロセスは、情報の世界独特なものである。何が独特かというと、価値創造のステップが「バーチャル」であるということである。すなわち、情報を通じて、また、情報を用いて実行されるという点である。バーチャル(仮想)バリュー・チェーンの中のどの段階であっても、価値創造を行うには5つの連続した活動が絡む。情報の収集、整理、選別、合成、そして配布である。原材料を精製し加工して製品を作るように、あるいは、自動車の組み立てラインでの一連の作業のように、今日の経営者は生の情報を収集し、これらの5段階を通じて価値を付加しているといえる。

仮想世界への適応

 情報を使って新たな価値を生み出している例として、MCAの音楽部門のゲッフェン・レコードがある。ゲッフェンのような大手のレコード・レーベルは、従来オーディオ・カセットやコンパクト・ディスク(CD)のような形で「録音済みのパッケージ商品」を製品として提供してきた。製品というのは物理市場においては、一連の価値創造プロセスの最終地点である。そのプロセスとは、具体的には新人ミュージシャンを発掘し、彼らを市場性があるかないかという基準で選別し、スタジオで作品を録音し、マスターテープを作り、CDやカセットに落とし、そして最後にパッケージングし、プロモーションを行い、そして流通させるというプロセスである。

 しかし、ゲッフェンの従来のビジネスのやり方に対して、競合が空間市場から新たに現れてきている。これら新規参入者は、情報世界のビジネスにおける新しい経済性をテコに、ますます勢力を拡大するとされている。たとえば、Internet Underground Music Archive(IUMA)と呼ばれるグループが、無名のアーティストのデジタル・オーディオ・トラックをネットワーク上にのせて、事実上、レコード・レーベルの役割を根底から覆している。今日の技術を利用すると、ミュージシャン自身が安価に楽曲を録音し、編集し、さらにそれをインターネットやパソコン通信上で配信したり、曲のプロモーションを行ったりすることが可能になっている。空間市場で、彼らの音楽を聞いた人の反応を調べたり、録音済みの楽曲に対する「聴衆」をネットワーク上で集めたり、また、作品をオンライン販売することもできる。

 ここでのポイントは簡単だ。空間市場では、音楽をより速く、高品質に、安く、市場まで届けることが可能になるということである。したがって、これはゲッフェンにとってはぐずぐずしていられないことである。もっとも、すでにゲッフェンはインターネット上にゲッフェン・レーベルのバンド専用のサイトを持ち、デジタル・オーディオとビデオ・クリップを配信し、バンドのコンサートツアーについての情報も提供している。ゲッフェンのホームページは今や空間市場におけるゲッフェンのショールームとなっていて、新しい小売りチャネルの可能性すら持っている。これは物理世界での従来の活動をそのまま情報世界に反映させたものだともいえる。すなわち、物理的なバリュー・チェーンの中の一つのステージに相当する、仮想バリュー・チェーンの中の一つのステージである。