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ビジネス界では、一流企業が未知の分野――合弁事業、業務提携、新規市場参入、新製品、新技術など――に進出して巨額の損失を出したという話には事欠かない。1992年にヨーロッパでテーマパークを開業したウォルト・ディズニー社が1994年までに出した損失は、1億ドルを超えている。ザップメイルの名で始めたファクシミリ事業で、フェデラル・エキスプレス社は6億ドルの損失を出して撤退した。ポラロイド社は、インスタント・ムービーを手掛けて2億ドルの損失を出した。このように経験豊富な一流企業が新規事業でつまずくのはなぜだろうか。戦略的新規事業とは本来リスキーなものだからだ、というのが進出分野に伴う一つの問題である。しかし、コストを含めて多くの失敗は避けられるということも言える。ただし、経営トップが正しい計画管理技法を使い、革新的な新規事業に対応すれば、の話である。
仮説志向計画法は、新規事業企画と既存事業の計画との基本的な違いを確かめる実用的な方法である。既存事業の計画は、先行きの成果が理解も見通しも十分可能な、過去の経験という実績に基いて推測できるという前提に立って、初めて役に立つものである。見込みは、仮説よりむしろ確実な知見に基づいているので、その見込みはあてにできる。実績基準の計画法では、計画からずれることは悪である。実績基準のアプローチは、継続事業の場合には意味があるが、これを新規事業に適用するのは全くナンセンスである。定義によれば、新規事業とはわからないこと、不確実なこと、まだ明白でないことの見通しを企業に求めるものである。十分精通した事業の、安全で信頼性のある見通し可能な知見はまだ出現していない。むしろ経営者は、新規事業の基礎になる将来の可能性についての仮説に対処しなければならない。新規事業とは、既知のことに対して大きな割合の仮説を背負って推進するものだ。既存事業では、その比率は全く逆になる。未知のことに関する仮説は、いずれ誤りだと分かるのが当然であるがゆえに、新規事業では、必然的に当初の計画目標から大きな――巨額になることが多い――差異が発生する。新規事業では、抜本的な軌道修正を必要とする場合がよくあるのは当然である。
予測可能な十分に精通した既存事業のための計画法を、新規事業にむりやり当てはめるようなことはせずに、仮説志向計画法を活用してみれば、新規事業のスタート時にはわかっていることはほとんど何もなく、あるのは仮説ばかりだということがハッキリする。実績基準の計画法は、計画の基礎になる仮説をあたかも事実であるかのように扱い、「与件」は最善の見込みとして検証されるより、むしろ計画(予算)として加工される。そのうえで企業は、これらの埋もれた仮説を基礎として推進する。それに対して、仮説基準計画法は、戦略的新規事業の展開過程で仮説が知識に転換するのに応じて組織的に構築される。新たなデータが明らかになると、進展する計画に組み込まれる。このようにして、新規事業の真の可能性がその進展に応じて把握される。つまり、仮説志向計画法と名付けたゆえんである。これは通常の計画法で使われる基準とは違うが、明確さでは劣らない基準を課すものである。
ユーロ・ディズニーと実績基準計画法
新規事業計画に潜んでいる仮説に気づかなければ、一流企業といえども深刻な事態を招くおそれがある。ユーロ・ディズニー(現ディズニーランド・パリ)の49%所有者であるウォルト・ディズニー社は、テーマパークにかけてはしたたかな企業として知られている。同社の成功はアメリカだけにとどまらない。東京ディズニーランドは1983年のオープン以来、収益、人気ともに成功であった。しかし、ユーロ・ディズニーの場合はそうはいかなかった。1993年までに入場客は毎月100万人近くに達し、ヨーロッパで最も人気の高い有料の行楽地となった。では、なぜあれほどの損失を出したのだろうか。
1986年、ユーロ・ディズニーの企画に際して、ディズニー社は他のテーマパークから得た経験に基づいて設計した。売上げの半分は入場料を、残り半分はホテル、飲食物、商品などを見込んだ。しかし、1993年までに入場客数は目標の1100万人を達成したものの、そうするために大人の入場券を大幅に値下げせざるをえなかった。入場客1人当たりの平均支出は計画値をはるかに下回り、赤字が膨らんだ。
重要なことは、ディズニー社の経験を後追いで理屈をつけて批評することではなく、損失は欠陥のあった仮説によって生じたもので、それを少なくできたはずのアプローチを論証することである。重要な仮説を順序立てて明らかにすれば、その事業計画の弱みがどこにあったかが浮き彫りにされる。そこで、個々の収益源を順を追って見てみよう。
入場料
日本とアメリカでは、当初の入場客が帰宅後、隣近所にディズニーランドを褒めそやしたおかげで、その入場料を値上げできたのである。しかし、ユーロ・ディズニーの企画担当者は、大人40ドル以上の入場料でスタートしても、目標入場客数を達成できると想定した。ところが、折からのヨーロッパの大きな不況の波と、フランス政府の強いフランを目指すとの決意により、入場客が減少した。このようなマクロ経済の問題は企業がコントロールすることはできないものの、入場料設定の仮説を浮き彫りにし、検証することはできる。ユーロ・ディズニーの料金は、ヨーロッパの他のテーマパーク、たとえば人気のあるアクアパレスなど、入場料は安くして個々のアトラクションごとの料金を払って「自分のメニュー」を入場客に作らせているところと比較すると、非常に高かった。1993年までに、ユーロ・ディズニーは目標とする入場客数を確保するために、入場料を大幅に値下げせざるをえなかっただけでなく、開園当初のクチコミのメリットを失ってしまった。この「褒めそやす」現象はヨーロッパでは特に重要であり(そのことをディズニー社は、)クチコミが地中海クラブに貢献したことから推測できたはずである。
ホテル施設
他の市場での経験に基づき、ディズニー社は、入場客は園内の5つのホテルに平均4日間滞在するとの仮説を立てた。しかし1993年の平均滞在日数は、たった2日であった。この仮説をクローズアップしてみると、再検討できたはずである。その理由は、ユーロ・ディズニーは開業時のプログラムがディズニーワールドの45に比べて15しかなく、入場客は一日で全部まわることができたためである。
食べ物
偶然にも、日米とも入場客は一日中「気ままに食事して」いる。ユーロ・ディズニーにおける埋もれた仮説は、ヨーロッパの人々も同じと見たことである。したがって、ユーロ・ディズニーのレストランは、一日を通じて「気ままな客」の流れが続くものとして設計された。だが、ヨーロッパの入場客が長年の習慣どおり昼どきに食事に殺到したため、レストランは座席を確保できなかった。腹を立てた入場客は場外に出て食事をとり、この憤懣を帰宅後に友人や隣近所に言いふらした。
商品
ディズニー社では、アメリカや日本より入場客1人当たりの売上げ予想を低めに設定したが、ヨーロッパでも主に衣料品やプリント製品などを購入するものと考えた。ところが、入場客がTシャツや帽子など高利益品目よりはるかに安いものしか買わず、全くあてが外れた。ディズニーはこの埋もれた仮説を、売上げ予測前に検証できたはずである。なぜかというと、ヨーロッパの各都市にあるディズニーの小売店では、高利益の衣料品はあまり売れず、低利益品目のプリントもののほうがはるかによく売れているのである。



