インナーシティ(inner city:旧市街。以前は経済、ビジネスの中心地であったがドーナツ現象により空洞化し、スラム化した地域を指す)の経済的な困窮は、わが国が当面している最も差し迫った問題であろう。優位性を失ったインナーシティには企業も仕事もなく、これが圧倒的な貧困の輪の広がりと、麻薬の不法使用や犯罪のような破滅的な社会問題の火に油を注いでいる。しかもこのインナーシティの悪化が続くなかで、その救済方法に関する議論は支離滅裂の度を増している。

 インナーシティの再活性化を図ったこれまで20~30年間の努力が失敗したのは、悲しいことだがまぎれもない事実である。永続する経済基盤の確立――そしてそれによる雇用機会、富の創造、関係者の果たすべき役割モデル、地域インフラストラクチャーの改善――は、かなりの資源の投入にもかかわらず、いまだに実現していない。

 これまでの活動を導いたのは、個人ニーズの充足を主眼とした社会モデルである。だからインナーシティへの支援は所得援助、住宅建設補助金、食料スタンプなど、救援計画の形をとることが多かった。こうした計画はすべて目につきやすい、だからまがうかたなき社会的ニーズに向けられている。

 もっと直接的に経済発展を目指した計画は、バラバラで効果を上げてこなかった。こうした小口バラ撒き方式は、たいてい補助金や優遇計画、あるいは住宅建設、不動産、区画開発など、本筋からそれた分野での経済活動を刺激するための、金ばかりかかる活動という形をとっている。

 このような計画は包括的な戦略を欠いているので、インナーシティを周辺の経済から隔てられた、独自の特異な競争法則がまかり通る一つの島として取り扱っている。そうした計画が奨励し支援しているのは、地域社会を基盤としながらも、その消費力を引きつけるほどの設備を持たず、ましてやその地域外への「輸出」など及びもつかない小規模企業である。一言でいえば、この社会モデルは不注意にも、経済的に生き抜く力を持った企業創造の足を引っ張っていたのだ。そうした企業やそれが生み出す仕事がなければ、社会問題は今後悪化するばかりである。

 インナーシティの再活性化には、抜本的に異なった方法が必要になると気づくべきときにきている。社会プログラムは引き続き人間としてのニーズの充足や教育の改善という重大な役割を果たすが、それと同時に一貫した経済戦略を崩すのではなく、支えるものでなければならない。

 我々が常に問い掛けなければならない問題とは、インナーシティに本拠を置く企業とインナーシティの住民の地元における雇用機会を、どのようにすれば増やし、育てることができるかという、その方法である。永続する経済基盤をインナーシティにつくり出すことは、できないわけではない。しかもその方法は、これまでの他の地域とまったく変わりはない。つまり私企業による利益を狙った積極性と投資であるが、その基盤は経済的な自己利益とまがうかたなき競争優位であって、決して人為的な誘因や慈善、あるいは行政の命令ではない。

 我々はインナーシティの問題について、社会的な投資を永久に増やし続け、経済活動もその後に続いてほしいと願うことで解決を試みるのはやめるべきである。そうではなくて、経済モデルは、インナーシティの企業は利益を得て、地域や国内だけではなく国際的な規模でも競争できる地位を占めるべきだ、という前提から始まるものでなければならない。こうした企業は地域社会を活動対象とするだけではなく、その周辺の経済圏にも製品やサービスを送り出す力がなければならない。こうしたモデルの基礎は、本当に利益の得られる企業につながるインナーシティの競争優位を明らかにし、それを活用することである。

 わが国の政策やプログラムは富の再配分という罠にはまってしまっている。現実のニーズ、そして現実性のある機会とは、富の創造なのである。