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顧客は、もうこれ以上の選択のバラエティーなんかウンザリだと思っている。顧客が消費者だろうが企業だろうが、この気持ちは一緒である。欲しいのは、ズバリ欲しいもの、そのものだけである。それを望むときに、望む場所で、望みの状態で欲しい。企業は、テクノロジーを使えば、今やその要求に応えることができる。インタラクティブ技術やデータベース技術で、一人ひとりの顧客のニーズや好みに関する膨大な量のデータを蓄積し、情報処理技術とフレキシブルな製造システムを活用して、大量の商品やサービスを、あまりコストをかけずに、個々の顧客ごとにカスタマイズできるのだ。しかし、こういう可能性を深く追求している企業はまだ少ない。ほとんどのマネジャーは、いまだにマス・マーケティングとマス・プロダクションという双子のレンズがはまった眼鏡で世の中を見ようとしている。だから、目まぐるしく変化し、細分化が進む市場に対応するためにできることといったら、商品やサービスの種類を増やし、市場セグメントを細かくし、狭いターゲットを意識した広告を打つだけだ。しかしこれでは顧客はたまらない。選択肢という名の圧倒的な数の爆弾で空襲を受けているようなものだ。
顧客が望むものをそっくりそのとおり提供したいと真剣に考えるなら、企業は世の中を見るレンズを取り替える必要がある。そしてテクノロジーを使って次の2つの顔を持つことだ。一つは「マス・カスタマイザー」として、個々の顧客ごとにカスタマイズされた商品やサービスを効率良く提供する。もう一つは「ワン・トゥ・ワン・マーケター」で、一人ひとりの顧客からそれぞれのニーズや好みの情報を聞き出す。マス・カスタマイゼーションとワン・トゥ・ワン・マーケティングという双子のロジックは、生産者と消費者を独特の関係で結びつける。その関係のことを我々は「学習関係」(learning relationship)と呼んでいる。学習関係は、一過性のものではなく長く続ける付き合いであり、互いの交流を積み重ねていくうちに、次第に気の利いた関係へと成長していくものである。特定の消費者のニーズに応えるために、両者が協働してじっくりと取り組むのである。
学習関係ができると、顧客は企業に自分の好みや要求をどんどん教えていく。それが企業に競争上計り知れない大きなアドバンテージをもたらす。企業は、顧客が教えれば教えるほど顧客の望みにピッタリ応えるのが上手になる。何をどのように提供したらよいのかを熟知するのだ。一社と学習関係に入ってしまった顧客は、競合相手からの誘惑にも抵抗力が強い。たとえ別の会社が全く同じ商品やサービスを作り出す実力を備えていたとしても、自分のことは再びゼロから教えてやらなければならない。しかも、最初の会社ならすでに熟知していることを。そのために費やす時間とエネルギーは尋常ではない。
この比類のない競争力ゆえに、企業は、学習関係を大切に育てることで、いつまでもその顧客のビジネスを自分のものにすることができる。もちろん、その前提として、商品やサービスが常に高品質で、カスタマイゼーションもしっかりしていて、価格的にも競争力があり、技術の新しい波にも乗り遅れていないことが必要であることは言うまでもない(仮に、当時すでに学習関係があったとしても、馬車メーカーを自動車メーカーとの競争から守ることはできなかっただろう)。
顧客との学習関係を見事に築いている一つの会社がある。その名も中身にふさわしくインディビデュアル(Individual)社という。マサチューセッツ州バーリントンにあるこの会社は、クリッピング・サービスや情報検索サービス企業に伍して、毎日の無数のニュース記事の中から一人ひとりの顧客のその時々の興味にフィットするものを選択して提供してくれる。このサービスを受けると、山をなす新聞記事の切り抜きに目を通す必要もないし、データベース検索の難解なコマンドをマスターする必要もなくなる。MCI、マッキンゼー(McKinsey & Company)、エイボン(Avon Products)、フィデリティ・インベストメント(Fidelity Investments)等もこのサービスを使っているが、顧客は、何の努力もせずに、タイムリーで、フレッシュで、まさにこれが読みたかったという記事を自分の机に届けてもらえる。配達手段は、ファクシミリ、ロータス・ノートのようなグループウエア、オンライン・コンピュータ・サービス、インターネット、電子メールと様々だ。
インディビデュアル社では、First!というサービスの利用申し込みを受けると、その顧客に一人の編集責任者を張りつけて、どのような情報が求められているのかを見極めさせる。編集責任者は顧客と協力して、要求内容を非常にシンプルな表現に煮詰める。例えば、家庭でのヘルスケアにおける情報技術の新しい使い方に関する記事とか、あるいは日本の半導体会社が開発した新製品の記事、という具合である。そして、それをインディビデュアル社のSMARTというソフトウエア・システムに入力するだけである(SMARTは"System for Manipulation and Retrieval of Text"の略)。あとはすべてSMARTがやってくれる。休みを除く毎日、このシステムは400種類もの雑誌等の情報源に当たり、1万2000件以上の記事をチェックして顧客の要求にフィットしそうな記事を取り出し、指定の方法で顧客に届ける。
顧客が購読を開始してまもないあいだ、インディビデュアル社は、ファクシミリや電子メールを使って、毎週その顧客から一つ一つの配付記事について、「見当違い」「やや当たり」「大当たり」の3段階の評価を求めている。その回答をシステムに入力し、SMARTを一段とスマートにする。サービス開始1週目では、たいていの顧客は受け取った記事の40~60%しか「当たり」か「大当たり」だと評価しない。しかし、4~5週目にもなると、SMARTの一つの目標値である80~90%を達成する。そこまで行ってしまうと、評価アンケートの回数を月に一度に減らすが、それでも顧客の要求の変化に十分追いついていくことができるのである。
インディビデュアル社では新たな情報ソースの追加要求や、情報の配達方法についても、常に顧客の要求に応え続けている。例えば、サン・マイクロシステムズ(Sun Microsystems)社がFirst!を自社のインターネット・サーバーに置きたいと要求したことがあった。やってみると、インターネットを情報のやりとりや共有の場としている顧客が他にも多数おり、同じ方法でのサービス提供を望んでいることがわかったのである。インディビデュアル社は、このレスポンスの良さがあるからこそ、人数にして3万人以上、アカウント数で4000以上の顧客を持ちながらも、85~90%という高い契約更新率を悠々と維持できているのだろう。しかし理由はもう一つある。それは顧客の側の投資である。顧客は、どの記事が当たりでどれが外れか、この会社に教えるのに時間とエネルギーを注いでしまった。もしも他社にスイッチしたら、また同じ投資を最初から延々と繰り返さなければならないということだ。
マス・プロダクションからマス・カスタマイゼーションへ
インディビデュアル社は情報とインタラクティブ技術を徹底的に活用しているのだが、単なるバラエティーがカスタマイゼーションとは違っているということを理解しているマネジャーは非常に少ない。カスタマイゼーションは、商品を製造したりサービスを届けるにあたって、特定の顧客のニーズに応じることだが、マス・カスタマイゼーションのほうは、それをコスト・パフォーマンスの良いやり方で行うことである。マス・カスタマイゼーションを実現するには、そもそも商品やサービスの生産とデリバリーのプロセスがともに顧客中心に考えられている必要がある。そこで企業は個々の顧客と協働してそれぞれにフィットした商品やサービスをデザインする。それを、予め開発しておいた部品キットによって、無限の組み合わせの可能性の中の一つの解として、組み立てて提供することにほかならない。
これと対照的に、商品中心のマス・プロダクションとマス・マーケティングの場合は、オプション(そして在庫)を流通チャネルに押し込まなければならない。個々のオプションが製造ラインを動かすに値する規模の顧客を獲得することを祈りつつ。おかげで顧客のほうは、自分が欲しいたった一つの商品やサービスを探し求めて、無限に増え続ける選択の中で狩りをすることを強いられるのだ。



