企業とその最高経営責任者(CEO)は極めて密接に結びついているので、最高経営責任者の人物像が即その企業のイメージになっていることがよくある。つまり、最高経営責任者の業績や人柄が、企業の特色となるのだ。メルク社のP. ロイ・バジェロス氏の場合は、科学知識と指導力の卓越した融合が、同社を医薬品業界の強力企業に押し上げた。

 バジェロス氏は最初、国立衛生研究所の上級外科医として医界に入り、その後ミズーリ州セントルイスのワシントン大学医学部、生化学科主任を務めた。1975年、研究開発部門のトップとしてメルク社に入社、1985年に最高経営責任者となる。

 20年に近い在職期間中バジェロス氏は、チモプチック、プリマキシン、バソテック、メバコール、ゾコール、プロスカー、イベルメクチン(一般名)など年間総売上高61億ドルに達する、一連の画期的な新薬開発を指揮した。

 最近同氏は、処方薬給付管理会社(PBM)メドコ・コンテンメント・サービシーズ社を買収して、医薬品業界に衝撃を与えた。同社はHMO(Health Maintenance Organization=健康維持組織:保険会社と医療機関が一体となった定額前払い型の保険のタイプ)と大企業の社員に対する処方薬給付を代行管理している企業であるが、この買収劇を先見の明があると見る者もいれば、高額すぎて無謀だと言う者もいて、評価は分かれている。

 しかし、一つ確かなことは、メルク社のメドコ買収が業界に旋風を巻き起こし、同業他社が競ってメルク社に追随してそれぞれPBMを買収していることである。例えば、イーライリリー社はマッケソン社のPBMだったPCS・ヘルス・システムズを40億ドルで、スミスクライン・ビーチャム社はダイバーシファイド・ファーマシューティカル・サービシズを23億ドルで買収している。その結果、それまで医療業界の保守的な分野だった一角の再編成が進んでいる。

 バジェロス氏は1994年11月1日に引退している。HBR誌の上級編集委員ナンシー A. ニコルスが、ニュージャージー州のメルク本社ホワイトハウス・ステーションで行った本インタビューにおいて、氏は自己の経歴を回顧し、医薬品業界の将来を展望している。

製薬企業は新しい環境にどう適応するか

HBR(以下略、太字がHBR) 学界から実業界への転身については、どのような感想をお持ちになりましたか?

P. ロイ・バジェロス(以下略) ワシントン大学にいる親友に、メルク社に行くことになったと話したら、「ロイ、歯ブラシや櫛を売り歩くようになるぞ」と言われました。もちろんメルク社がそうした商品を扱っていないことは知っていましたが、企業内容はよくわかりませんでした。

 私が赴任したころメルク社は、今でもパーキンソン病の治療に重要なシネメットという薬を売り出したばかりでした。そこで私は、自分がそれまで大学でやってきたような研究が、世界中の人々の健康に大きな影響を与える薬品を作り出すことができるのだ、と実感しました。医学の進路を左右する可能性があると気づいたのです。

 もちろん私は収益性のある新薬を開発した実績を持っていませんでした。メルク社にとっては、私を雇うことは大きな賭けでした。そして私のほうはと言えば、たいへんな難問に取り組んだわけです。つまり、科学上の要請と、同じように苛酷な市場の要請との均衡を取るという仕事を課せられたのです。医師としての自分にとって重要な価値観を堅持しつつ、メルク社の収益性を維持しなければならなかったのです。私が入社してから長年にわたってメルク社の研究所は、多くのワクチンや、高血圧症、心不全、高コレステロール血症、前立腺症、緑内障などの治療薬を開発してきました。私たちは非常に多くの人命に大きな影響を与え、企業としても成功しました。