1993年11月、処方医薬品の世界的リーダーであるメルク・アンド・カンパニー社(以下、メルク)は、通信販売薬局ビジネスと薬剤給付管理(PBM)ビジネスを営むメドコ・コンテインメント・サービシズ社(以下、メドコ)を買収した。

 アナリストの解釈では、この取引は製薬業界が大きく変貌する渦中にあって、メルクがその競争優位を確保するための一手段であるとみなされた。他の製薬企業マネジメントもこの見解を是としたようだ。スミスクライン・ビーチャム社とイーライリリー社がダイバーシファイド・ファーマシューティカル・サービシズ社とPCS・ヘルス・システムズ社をそれぞれ買収するとの計画を最近になって公表したからである。こういった取引が耳目を驚かせたのは、PBMのことがあまり知られていないため、そして、買収金額が桁外れに大きかったためである。ダイバーシファイド・ファーマシューティカル・サービシズ社には23億ドル、PCS・ヘルス・システムズ社には40億ドルが支払われた。メドコの場合は66億ドル(1993年度売上高の2.5倍、収益の45倍)である。

 こういった買収に対する解釈には、この10年間に起こった医療環境の変化、特にマネージド・ケア組織の台頭が必ず言及される。PBMは支払い側の利益になるように、ブランド製品よりも安い医薬品を使用することを奨励する。このサービスを提供するうちにPBMには患者や医師に関する情報が収集されていく。その中には患者の病歴や薬剤使用歴に関するデータもある。製薬企業の経営者はこういったデータにアクセスすることが研究開発やマーケティングの生産性向上に貢献すると踏んだのである。

 この買収には批判的な意見もあった。そのひとつは、処方箋に記された薬剤に代わってより廉価な薬剤を処方することを医師に許可させるというPBMの業務に向けられている。通販薬局としての機能を果たすために、PBMは薬剤師を雇っているが、彼らが医師に電話して処方薬剤変更の許可を請うのである。PBMの中には医師からの変更許可をとりつけた小売薬局の薬剤師に対して報奨金を支払うものもある。ある製薬企業の傘下に入ったPBMはこういった報奨金を餌にして、その親会社の製品を低コストの選択肢として奨励し、その市場シェアを増加させようとするだろう。批判の一つはそこにある。

 もう一つの批判は、この買収が新薬の研究開発に及ぼす影響に関するものだ。買収されたPBMの事業が伸びれば価格競争を招くのは必定で、それが製薬企業の利益を、ひいては研究への意欲を失わせる、と懸念する向きもある。医薬品の低価格化が進めば新薬発見への投資が減少し、医療の進歩も阻んでしまう、という批判なのだ。

 本稿は、処方医薬品業界がPBMの買収に至った史的構造変化について論じるものである(1)。終わりの部分で、こういった買収に絡む論議の行方について一部外者としての意見を述べてみたい。もっとも、総合評価を下すにはまだ時期尚早なのだが。

1993年までの処方医薬品業界

 製薬企業とPBMの合併が衆目の的になったのは、それがどんな点から見ても魅力的だった産業からの多角化を表徴したからである。処方医薬品は何年もの研究開発の成果として世に出される製品なので、その収益性について評価することは難しいが、この20年もの間、処方医薬品業界がアメリカの製造業の中で最も高収益であったことは多くのアナリストが認めるところである。

 この間、製薬企業が高収益を謳歌してきた一つの理由は、多くの患者に対する医療の質を著しく向上させる製品を提供してきたことにある。例えば、コレステロール低下薬メバコール、外科手術をほとんど不要にした抗潰瘍剤タガメット、抗生物質のセクロールなど。1993年度の処方医薬品売上高(卸ベース)は、アメリカで約600億ドル、全世界で約2000億ドルに達した。

 全世界の製薬業界には何百もの企業があり、1993年の時点で5%以上の市場シェアを獲得した企業はないが、競合はいくつかの要因によって緩和されてきた。製薬企業は得意とする治療分野によって差別化されていて、すべての治療領域(カテゴリー)でトップ製品を供給している企業はない。3つの主要分野――心血管系、抗生物質、中枢神経系――で業界の売上げ全体の約36%を占めるが、トップ・テンの領域でも68%程度である。各治療分野でさまざまな企業が、さまざまな製品ライフサイクルの医薬品を提供してきた。1992年度、胃腸系疾患の分野では3社で全世界売上高の約48%を占めたが、他の治療分野ではそれほどの集中化は見られない。一つの治療セグメント内で各製品の棲み分けがなされてきたことが露骨な価格競争を回避させてきたのである。

 購入側からの交渉圧力がないことも製薬業界の高収益性に貢献した。医薬品の購入を決定するのは医師だが、彼らは患者に対して医学的に最も有効な手段を駆使することに主たる関心を抱いており、いくつかの調査研究によれば、価格については無頓着なものである(2)。医師の処方がブランド薬に傾くのは、一つにはブランド名のほうが冗長で複雑な化学名よりも覚えやすいからだという(3)。