経済成長の次の波は、知識を基盤とした企業からもたらされるだろう。それでは、それらの企業と製品はどのようなものだろうか。

 ドライバーに空気圧を教えてくれるタイヤや温度変化に応じて自然に温度調節をする服は、すでに市場に出まわっている知識に基づく賢い製品の初期の形である。濡れると色が変わるおむつや、ボールの当たった部分が光るテニスラケットは、通常の同等品に比べて賢い改良品といえる。

 それらの製品は、ユーザーがより効果的に使える情報を与え、解読してくれる点で賢い。知識を基盤とした企業によって作られた賢い製品は、いくつかの特徴によって見分けることができる。インタラクティブであり、人々がその製品を使えば使うほど、より賢い製品となる。また、人々のニーズに合わせることができる。我々はここで、これらの点を含めた製品の特徴を論じていく。今後、知識の時代がこうした製品を生み出していくにつれて、より多くの特徴が明らかになっていくだろう。

 学習するよう強制したり促進するような賢い製品を使うとき、消費者は学習者となる。そして、企業はより賢い製品を作る方向へ向かう。なぜなら、そうすることで利益が伸びるからだ。顧客がそれらの製品を使うとき、彼らは学習するプロセスに入ることになる。

 顧客を学習者と見ることは、大きな考え方の変化である。しかし、次の20年間に、企業は、消費者を学習者とみなすようになり、企業自体を教育者とみなすようになる。企業は利益のために消費者の学習経験を促進し、消費者はその経験から利益を得るようになるだろう。

 数年後、消費者として、あるいは仕事上で知識に基づく製品を人々が使用することは、彼らの経済的成功にとって重要な要素となる。一つの企業の価値は次のように決定される。顧客に情報を提供することに基づく企業は、そうでない企業より優位に立つ。そして、情報を知識に変える方法を知っている企業が最も成功する。

データから情報へそして知識へ

 技術の変換は、経済成長の次の波を起こす。その成長に乗るには、新しい技術だけでなく、新しい考え方も必要になる。最も重要なことは、データから情報へ、そして知識へという経済における変化を理解する能力であろう。

 データは、情報経済と知識に基づくビジネスの構成要素である。AT&Tベル研究所の元ディレクターであるロバート・ラッキー氏によると、データは情報時代においては「ドロドロのぬかるみ」のようなものであるという。情報経済の初期段階では、4つの形態、つまり数値、語句、音、イメージとして表されたデータに焦点を合わせていた。我々がそれらのデータをどう処理したか――どのようにデータを分類し、蓄積したか、さもなければ操作したか――ということが、その価値を決定した。

 情報は意味のあるパターンにアレンジされたデータである。数値はデータであるが、乱数表は情報である。同様に、(音符に変えられた)音は、音楽と呼ぶ情報を作り出すために無限の組み合わせにアレンジされうるデータである。一つの音楽が知識の材料となるかどうか、つまり、聴き手がそれを聴くことによって学習できるかどうかは、作品だけでなく演奏者の技術や目的にもよる。初心者のピアニストにとっては、下手なワルツの演奏も学習経験となりうる。音楽家によって演奏される同じワルツは、その観客にとって知識の源となりうる。

 最初に経済の要素としてのデータの大切さが明らかになったのは、1950~60年代である。一部屋ほどの大きさのコンピュータが、莫大な量のデータを集め、分類し、蓄積することを可能にした。その後それは、ユーザーが情報を作り出せるようにプログラムされなければならなかった。