アメリカの医療改革の方向は、現在の経済状況と対立している。多くの改革案は、無駄や非効率を排除することにより一時的に費用削減をする手段に焦点を当てている。現在、政治的な論争の中心にある問題は、この費用削減が国民皆保険(universal coverage)のための追加費用を支払うのに十分かどうかという点である。しかし、改革推進者が、持続性のあるアメリカの医療の救済策の実現に、本気かどうかを尋ねてみても仕方がない。

 医療論争に著しく欠けている論点とは、大幅で、しかも長期間持続する費用削減をどのようにして実現するかである。病気の予防と治療の全く新しいアプローチ、医療サービスを提供する新しい方法、そしてより費用効率の良い施設を世にもたらすには、いったい何が必要なのだろうか。

 ビジネスの分野では過去20年にわたり「競争の必要性」を学んできたが、これらに対する回答はその中にある。どの産業でも根本的な原理は同じであるが、企業は競争によって、顧客に対して「価値」をより多く提供しなければならない。継続的に品質を向上させ、費用削減を進めるのは、イノベーションである。短期的な費用削減など、医療分野のイノベーションを持続するインセンティブがなくては、すぐに押しつぶされてしまうだろう。いっそう容易に医療機関を利用できるようにしたいという願望や、高齢者層の健康ニーズの増大、アメリカ人が最高の治療以外は受け入れを好まないことがその理由である。このイノベーションを推進できなければ、必然的に、医療の品質低下や医療の配給という、2つの望ましからぬ結果につながるだろう。

 医療改革の多くの論争の裏には、技術が敵であるという、見当はずれの仮説がある。技術がコストを押し上げるという仮説により、改革推進者たちはイノベーションの中心にある重要な点を見過ごしている。さらに悪いことに、イノベーションのペースを遅らせようとする。実際には、イノベーションは、激しい競争によって拍車がかけられ、成功への鍵となっている。医療はある意味で特殊であるが、この点では他の産業と違いはない。アメリカは、品質を犠牲にせずに、すべての人の医療へのアクセス(universal access)と低コストを達成できる。それはしかも、医療制度の全段階で役に立つ「競争」を許すだけで可能となるのである。

医療競争の何がいけないのか?

 アメリカには、他の先進国に類を見ないような医療競争が存在している。改革推進者を混同させているのは、競争は、品質向上のイノベーションをもたらす点では大いに成功してきたが、重要な次元であるコストでは失敗したように見える点である。よく見ると、競争が失敗しているのではなく、医療制度全体での「インセンティブ」があまりに歪んでおり、一般の競争ルールを単純に適用することができないことがわかる。過剰な供給があるときでさえも、価格は高いままである。技術が広く使用されていても、その技術は高価なのである。病院や医者たちは、同じ品質に対してより高い価格を課しても、あるいは高品質のサービスが提供ができなくても、その仕事に就いたままでいる。最近までは、コストを上昇させたり、コストと無関係に品質を向上させるイノベーションに対してだけは、インセンティブが存在していた。

 医療改革を成功させるには、現行の制度がいかに、無意味な競争に対するインセンティブをつくり出しているかを、明確に理解することから始めなくてはならない。

支払機関のインセンティブは患者、医療機関と対立する

 多くの産業では、消費者が購入の意思決定をし、製品やサービスに対する支払いをする。医療では、購入の決定をする人、支払う人、サービスを受ける人が別々であるため、消費者に何重もの階層が存在することになる。従業員のために医療保険をかける雇用主、保険会社やHMO(Health Maintenance Organization:健康維持組織)のような、加入者から保険料を集め、加入者に与えられるサービスに対する支払いを行う第三者支払機関、最終的に医療サービスを受ける患者、患者に対する検査や治療についての決定、助言を与える医師などである。

 これらの消費者の利害はそれぞれ異なっている。雇用主は従業員を確保したり契約上の義務を果たすために必要な保険を提供するが、支払う保険料を最小限にしたい。第三者支払機関は、治療費を、受け取る保険料より少なくしたい。保険加入者である患者は、コストに関係なく高品質の治療を受けたいのである。そして、助言を与える医師はより多くのサービスを命じるインセンティブを持つことが多い。

 支払機関は、被保険者である患者の請求書に対して、最終的な法的責任を持っていないので、最後に支払いをするのは患者である。支払機関と患者との間の利害の対立は、支払機関が、高額医療を必要とするかもしれない人々に対する保障を拒否するという、独創的でかつ複雑な手法に基づいて競争をするインセンティブをつくり出す。支払機関は、患者の代弁者というよりはむしろ敵となり、可能なときはいつでも請求に基づく支払いを拒否する。保険金を支払わないインセンティブはまた、支払機関を医療提供者(医療機関)と対立させる。支払機関も患者も支払っていない費用を、医療機関が引き受けることを要求するのである。この結果、医療機関は、料金回収に労力を使おうとせず、保険会社が保険金請求を拒否するような患者を避ける。これらの歪んだインセンティブのために、純粋なコスト削減に対する障害となる行動が生まれてしまう。