アメリカでは、企業のスリム化によってそのフィランソロピー活動が一変した。

 社員をレイオフするような状況にもかかわらず、なぜ寄付をしなければならないのかと疑問視する声もあるが、AT&T、IBM、リーバイ・ストラウスなどの多くの寄付担当部長は、企業の寄付行為が経営戦略に直接結び付くという立場を取っている。これらの企業以外でも、フィランソロピー部門と事業部門が戦略的に協力し始めている。

 その狙いは、消費者における知名度アップ、社員の生産性の向上、あるいは研究開発費の削減、規制障壁の克服、事業活動への波及効果にある。つまり、フィランソロピーを戦略的に活用することで、企業は強い競争力を得られるのだ。

 この新しいモデルでは、多くの人が懸念するような、事業の利益ばかりを追求したプログラムがずらりと並ぶことはない。確かに注目を集めることばかりに力を入れて、本質的な変革を全くもたらさない利己主義的なフィランソロピーの事例にはこと欠かない。

 しかし、新しい企業フィランソロピーのパラダイムでは、その活動に長期にわたって資金援助することで、社会問題の解決に向けて指導的な役割を企業が担いつつある。学校の改善やエイズの啓蒙活動などその好例である。

 結果として、このような活動は、行政とNPO(非営利組織)のいちばん優れた思想をうまく組み合わせることになる(囲み「企業フィランソロピーを社会的に大きなうねりとするには」参照)。

企業フィランソロピーを社会的に大きなうねりとするには

 アメリカ企業は、いまや企業フィランソロピーを経営の中に戦略的に取り入れ、社会問題に対して積極的な姿勢を示している。

 その結果、これから紹介するものをはじめとする地域限定的に始まった運動の多くが、全米的な盛り上がりを見せることとなった。

 企業フィランソロピーという新しい概念が表われる前、食品メーカーは財団を通じて、ただ現金を飢餓救済機関に寄付するだけであった。

 しかし、ゼネラル・ミルズ、グランド・メトロポリタン、クラフト・ゼネラルフーヅ、サラ・リーといった企業の寄付担当マネジャーは、社内各部門を結集させるまでその役割を拡大した。

 営業部門は商品の売上げの一部を飢餓救済事業に寄付することとし、人事部門はボランティア要員を手配し、製造部門は自社製品である食品を無料で提供した。

 さらにCEOは「セカンド・ハーベスト」の役員会に参加した(セカンド・ハーベストはシカゴに本部を置く公益法人で、1990年現在、専従スタッフ31名、年間予算180万ドルで、食料寄付の受付と配給および広報活動を行う、いわば食品業界の飢餓対策の顔ともいえる組織である)。

 食品メーカーのこうした努力が功を奏し、「フードバンク」(困窮者用食糧貯蔵配給所)や「スープキッチン」(失業者に対する無料給食施設)といった、数社が複合的に参加した施設が発達した。

 現在、企業フィランソロピーは政治と関わりあいを深める傾向にある。

 昨年、クラフト・ゼネラルフーヅは、自社の政治的影響力を使って政府が主催している「フードスタンプ」(生活保護者などに支給される食料割引券。指定食品店で食料と交換する)ほか、連邦政府主導の活動への資金手当の増額を要求して圧力をかけた。こうしたことを行ったのはこの会社が初めてである。

 コミュニティと経済発展

 1980年代の後半、バンク・オブ・アメリカ、チェース・マンハッタン、シティコープ、モルガン・ギャランティ、ウエールズ・ファーゴといった大手の銀行は、企業フィランソロピーをどうマーケティングや人事施策、管理業務、投資業務、はては信託業務にまで結び付けることができるかという調査を行った。

 これらの銀行の当初の対象は、主として芸術分野の支援に限られていた。しかし、低収入のコミュニティに対する銀行側の貸し出し責任を規定したCRA法(地域再投資法)の成立によって、銀行も地域振興事業に関わらざるを得なくなった。

 フィランソロピーを担当するマネジャーは、自行が地域の貧困追放運動でリーダーとなることに社員が賛成してくれるように、このCRA法をかつぎ出した。

 彼らは、CRA法による基準を超える貸し出しを行うことにより、行政側とは良好な関係を築くことに成功し、同時にPR上での得点も稼げると言う。

 アメリカでは、少なくとも60の銀行が、荒廃した地域を立て直すためにコミュニティ開発のための会社を設立した。

 ウエールズ・ファーゴのある幹部は、貧困地域への企業誘致運動をしているNPOに低利貸し付けを行っている銀行の全国的なネットワークをつくった。現在、この組織に所属する銀行の寄付の約20%がNPOに流れている。

 識字率向上運動

 識字率を上げる運動は情報伝達産業が得意とする社会問題である。

 マグロウヒル、プレンティス・ホール、ロサンゼルス・タイムス、ワシントンポスト、ニューヨーク・タイムスなどの出版関係の企業は、読者数の低下を食い止めようと努力し、テレビ・ラジオ会社やCATV会社は、識字率を低下させた責任を償っている。

 これらの企業は、マーケティング力、人材、ロビーパワーなどを総動員して識字率向上運動の場を確立した。そういった運動には人事関連費から資金を出し、フィランソロピー関係費は主にボランティア組織に提供されている。

 学校の改善

 古いパラダイムの企業フィランソロピーの下では、初等・中等教育対象の寄付は、主だった企業フィランソロピー予算のうちの5%にすぎず、しかも大半が私立学校であった。

 現在では、全米の寄付金のうちほぼ15%が学校の改善に充てられ、また最近の調査によれば、全米の教育学区のうち少なくとも3分の1が企業との協力によってプログラムを進めている。

 しかし、カンファレンス・ボードの報告書でも論じられているように、このようなプログラムが公立学校の荒廃を食い止めるには至っていない。

 本当の改善に向けた次の段階としてビジネス円卓会議が勧めるのは、企業が州レベルでロビーパワーを動員し、州教育局の徹底的な見直しを迫ることである。

 エイズ対策

 エイズ問題は、保険金の請求件数を減らしたい保険会社、抗エイズ薬の商品化に社会の後押しがほしい製薬会社、また社員の中に同性愛者が多いといわれているデザイン関係の会社にとっては最も重要な関心事である。

 これらの業界が最初にエイズ予防策に多額の資金を注ぎ込み、アメリカ・エイズ財団がエイズ研究の質・量をともにアップさせるよう米国国立衛生研究所(NIH)に主張する方向に転換させた。

 環境保護

 最近まで「企業国家アメリカ」は、環境保護運動を恐れていた。しかし、新しい企業フィランソロピーにおいては、事業を調整しながら持続可能な開発を維持する道を模索している。

 環境問題に対する寄付は、企業寄付におけるウエートを高めつつあり、多くの企業の寄付の約8%が環境保護に関するものだ。

 フィランソロピー担当者は、環境保護活動を開始するにあたり、自社の環境問題担当役員の意見を参考にして、寄付やボランティア・プログラムを環境対策にうまく結び付ける道を探っている。

 ハイテク企業では環境保護運動に好意的な社員が多い。しかし、人材確保の面からすると、これが非常に重要な問題となる。そのためフィランソロピー担当マネジャーは、社員が共鳴し、参加してくれるような保護活動を企画する。

 アウトドア向けのアパレル・メーカーでは、環境保護運動そのものがマーケティングに直結するため、その分野の非営利団体に寄付を行っている。

 どうしても環境汚染や天然資源の消費せざるを得ないタイプの産業にとっては、環境保護活動が行政によって義務づけられることが多い。

 そういった業種の企業は、規制をうまく回避するため、敵対的な立場にあるNPOと協力関係をあえて築いている。

 初めて企業が、総力を挙げてフィランソロピーを支援し始めたのだ。企業はNPOに対し、寄付だけでなく、運営面でのアドバイスや、技術や情報における支援をしたり、また社員の中から大勢のボランティアを派遣したりしている。さらに、これらの活動に対し、フィランソロピー関係予算からだけではなく、マーケティングや人事といった他部門からの資金も提供している。

 その過程で、企業は、NPOとの重要な協力関係を形成し、社会変革のための活動において大切なパートナーとしての立場を確立し、同時に事業面での目的も達成している。

 言い換えれば、これらの企業は「企業市民」となったわけだ。企業は自社の利益とは何かについて、「市民」という立場からより広い視野でとらえ直そうとしている。そして直観的に、自社の利益が社会の利益となるような方法を探し求めている。すなわち、利益活動と社会福祉が調和できる道を模索し、すべての部門を社会福祉のために関与させるにはどうしたらよいかを探求している。

 これまで多くの大企業で、この方針に沿ってフィランソロピー・プログラムは綿密に検討されてきた。具体名を挙げれば、イーストマン・コダック、オールステート、クライスラー、ワールプール、シティーコープ、リーボック、ジョンソン&ジョンソン、フィリップ・モリス、メルク、デュポン、コカコーラなどの企業である。