私たちの著書"The Machine That Changed the World"の中では、トヨタによって始められた「リーン(筋肉質の)生産方式」のアプローチを採用することで、企業がいかにその業績を改善できるかについて説明した。不必要な作業ステップを省略し、一つのプロジェクトに係るすべての作業ステップを連続的なフローとして整理し、労働力をそのプロジェクト専従の部門横断的なチームに再編成し、改善に向けて不断の努力を行うことにより、企業は、マンパワー、スペース、設備、時間、そして全体コストを従来の半分またはそれ以下に抑えつつ、製品の開発、生産、流通を行うことができる。また、顧客の要望にもはるかに柔軟かつ迅速に対応可能となる。

 過去3年以上にわたり、北米およびヨーロッパの様々な企業がリーン生産方式を実践するのを手伝い、さらにこの方式を採用している他の多くの企業を研究してきた。そして、一企業内の特定プロジェクトで驚くほどの改善効果を上げた例は数多く見た。だが、こうした経験を通じて、リーン生産方式を個々のプロジェクトに適用するだけではまだ十分でない、ということも認識させられた。もし個々の改善された活動を価値連鎖全体を通じて連係させ、一つの製品ファミリーの生産、販売、サービスを行う連続的な価値の流れ(value stream)を形成することができれば、全体としての業績を飛躍的に高いレベルへ引き上げられるのである。私たちは、個々の価値創造活動を連係させるためには、新しい組織モデルが必要であると考える。すなわち「リーン企業体(lean enterprise)」である。

 リーン企業体とは、個人、部門、そして法的には別だが運営上一体となっている会社のグループと考えられる。そしてリーン企業体を定義づけるのは、価値の流れという概念である。このグループの使命は、グループ全体として、価値の流れを分析し、その流れが商品またはサービスの供給に関わるすべての活動を(開発、生産から販売、メンテナンスに至るまで)顧客にとって最大の価値を提供するような形で行うことに重点を置いて対処することである。リーン企業体は、よく議論される「バーチャル・コーポレーション(Virtual corporation)」とは、後者のメンバーが絶えず入れ替わる点で大きく異なる。価値の流れ全体にリーン方式を適用するのに必要な協力関係は、メンバーが固定しないグループでは維持することができない。

 どんな企業グループも、まだリーン企業体と言いうるものをつくり上げていないが、その理由はわかりやすい。リーン企業体をつくるには、雇用政策、各部門の社内における役割、価値の流れに参加する会社間の関係などの根本的な変化を伴うのである。経営者は、個々の従業員、部門、会社の業績よりも、企業グループ全体の業績を重視しなければならない。この点は特に重要である。なぜなら、たとえある会社が「チーム・リーダー」的存在となるとしても、企業グループ全体が同じ考え方を共有し、利益も痛みも分かち合って統合されなければならないからだ。

 確かに、個々のリーンな活動を相互に結び付けるのは難しいことである。自社の利益を追求して個々の部門、個々の活動を監督するのに慣れている経営者にとっては、価値の流れ全体を見ることさえ、どんなに難しいか、繰り返し思い知らされてきている。では、多くの企業がまだリーン生産方式をマスターするのに苦しんでいるとき、なぜリーン企業体を目指さなければならないのだろうか。それは、価値の流れに関わるすべてのメンバーが同じ方向に進まなければ、どのメンバーも単独で前進していく勢いを持続することは不可能だからだ(囲み「ルーカス――内外から蝕まれて」参照)。たとえ、あるメンバーがリーンになるために大きな進歩を遂げたとしても、他のメンバーの態勢が不十分なら、進歩したメンバーも価値の流れ全体もすべての恩恵を享受することはできないのである。

ルーカス
内外から蝕まれて

 イギリスのルーカスPLCは、自動車や航空宇宙関係のメーカーに機械および電気部品を供給するサプライヤーだが、リーン方式を導入して、製品の品質やオン・タイムの納品の面で大幅な改善を実現した。しかしながら約7年後、一部の製品に関し、主要な顧客がリーン方式を同じように採用していなかったため、成長がストップしてしまった。また、他の製品についても、ルーカスの工場マネジャーや各職能部門が自分たちの権限に対する脅威と感じて変化に抵抗したため、以前の状態に逆戻りしてしまった。

 ルーカスは、1983年に新しく設置した工程改善部門の長として、バーミンガム大学のジョン・パーナビー教授を迎え、リーン方式を採用した最初のイギリス企業の一つとなった。パーナビーは、トヨタ生産システムのコンセプトをルーカス全社に速やかに導入し、当初の成果は極めて上々であった。例えば、航空宇宙関係部品の工場では、リードタイムと仕掛品在庫が半分となり、トラック用部品の工場では在庫回転率が倍になるとともに、オン・タイム納品率が25%から98%に向上した。こうした改善のおかげで、顧客の間での「魔王」という評判を克服し始めたのである。

 だが問題はすぐに発生した。例えば、リーン方式を採用した電気部品の工場では、大口顧客であるローバーやフォードがまだリーン生産方式を採用しておらず、自社も元の状態に戻ってしまった。これらの顧客は、予測のつかないやり方で発注し続け、これに対処するため、ルーカスの工場は比較的高いレベルの在庫を維持せざるを得なかった。リーン生産方式で最も避けなければならない状態である。型通り、労働者たちは安全ネットとして在庫に頼るようになり、リーンな工場が再びぜい肉をつけ始めた。

 ルーカスの内部では、新しい工程改善部門が、従来からある縦割りの部門――マーケティング、製品開発、エンジニアリング、そして生産の各部門――と、生産性の改善努力をめぐって対立し、すぐにその処理に忙殺されることとなった。ある工場では、連続的なフローで機械システムを製造する生産ラインを整備した。だが、パーナビーの抗議を無視して、エンジニアリング部門は高価な融通性のない設備を導入してしまった。この手の設備によくあるように、ある型の部品を生産していると他の型の部品の生産に移行することが難しいものだったのである。その結果、工場はバッチ生産に戻さざるを得ず、在庫と非効率が急速に増大していった。

 ルーカスの内部対立は、トラック用部品工場で製品設計部門が工程改善部門の忠告を拒否して、いっそう明らかになった。製品設計部門は、競争企業のものより優れているはずの部品を開発したのだが、許容できるレベルの部品は生産できなかった。もし、工程改善部門や生産エンジニアリング部門も含めた部門横断的な設計チームがプロジェクトを監督していれば、このような失敗は避けられたはずである。

 内部および外部との戦いに懲りて、パーナビーはリーン方式をルーカスに浸透させる努力を後退させることとなった。1990年代における主要市場の低迷に直撃され、ルーカスは利益が減少し、経営のゴタゴタに苦しみ、新製品が極端に減り、給与のカットを余儀なくされた。ルーカスは、企業買収のターゲットと噂されるようにもなった。これらの問題に立ち向かうべく、昨年5月にルーカスの経営を引き継いだのがジョージ・シンプソン氏である。彼は、イギリスの自動車メーカーであるローバーの会長として、リーン生産方式を使って同社の競争力を急速に回復した実績を持つ。彼は、ルーカスが自ら約10年前に始めたリーン革命を完遂するように迫ることは疑いない。

3つのニーズ

 リーン企業体を実現するには、経営者が価値の流れの観点でものを考えるようになることが大切な最初のステップである。しかしながら、この第1ステップを踏んだ経営者は、しばしば従業員、各部門、そして価値の流れを構成する他の会社から強硬な抵抗を受けることになりがちである。個人、部門、会社のそれぞれのニーズが、価値の流れ全体のニーズと矛盾することはよくある。リーン企業体を目指す者は、こうしたニーズを把握し、どうしたら満足させられるかを理解しなければならない(囲み「クライスラーの次なる挑戦――リーン企業体の構築」参照)。

クライスラーの次なる挑戦
リーン企業体の構築

 1990年代初めに私たちが"The Machine That Changed the World"のための研究を終える際、私たちはクライスラーにはできるだけ触れないことに決めた。同社のマネジャーたちは低品質の車を売る名人のようであり、製品開発、生産管理、そして部品および製品の供給管理はなっていないと考えたのである。クライスラーの経営者はリーン方式を実施していると主張したが、私たちは非常に懐疑的であった。

 だが、私たちは全く間違っていた。クライスラーは現実にリーン生産方式を採用しており、今や同社がリードする価値連鎖をリーン企業体に変えていこうと努力しているのだ。クライスラーがこの目標に向けて進んでいくにつれ、価値の流れにとってのニーズと、その流れを構成する個人、部門、会社にとってのニーズとの対立が完全に顕在化してきた。クライスラーは、これらの問題を克服するのが次なる大きな挑戦であると気づき始めたのである。

 クライスラーは、リーン生産方式へ向けた動きの一環として、その購買システムを改革し、乗用車やトラックの一つのラインだけの開発に専念する部門横断的な「基本(platform)」チームを配備した。この基本チームはめざましい成功を収めたが、それは一つには、プロジェクトと従来の部門との間の対立を極力少なくするため、チームのリーダーを既存の部門の長に兼ねさせたのが成功要因である。例えば、購買部門の長が小型車チームのリーダーでもあるわけだ。したがって、もしある部門が一つの基本チームにとって障害となるような行動をしたとすると、チーム・リーダーは、その部門の長がリーダーをしているチームの開発中の製品を人質にとると警告することができる。このやり方を他の会社にモデルとして推奨することはできないが、クライスラーの長きにわたる部門間対立を終わらせる効果は確かにあった。

 クライスラーは、最高価格帯の市場セグメントでの新製品がたくさん出たこと、設計が良くなり生産コストが大幅に削減できたことにより、1994年の利益は日本の自動車メーカー全社の合計よりも多くなる見込みである。さらに、1994年1月に発売されたネオンは、製品コンセプトができてから市場に投入されるまで31カ月と、1980年代の60カ月から短縮されている。新しい車体を開発し、車両システムを統合・調整するのに専念しているエンジニアの数は、1400人から700人に減った。そして、製品の製造性が向上したため、1台の車を塗装し、溶接し、組み立てるのに要する時間も35時間から22時間になった。製品の初期生産段階で発生する不具合の最終調整のための修理に要する時間やリコールの数も少なくなった。

 だが、このような成功は、すべてがうまくいっていることを意味しない。基本チームのメンバーの大部分は、従来所属していた「親元」の部門である車体エンジニアリング部門から永久的に移籍させられた。最近まで、チームのメンバーは、プロジェクトに参加して明確な良い結果を得たことに満足していた。しかし、彼らはキャリア・パスがないこと(基本チームには、上等の肩書がついたマネジャー層が必要ない)、社内の別チームに属する同僚とのコミュニケーションが不足し、自分たちの技能が弱体化することに今では不安を感じ始めている。クライスラーにとっての課題は、こうした社員のために新しいキャリアを設けてやることであり、それには彼らを製品の開発・生産に従事する基本チームと、彼らの技能を深めることのできる職場との間で交互に配置替えする必要がある。

 この解決策を講じれば、車体エンジニアリング部門がなくなったことに伴う問題にも対処することとなる。この部門がなくなったことで、クライスラーにとっての大きな障害が除去された反面、自動車産業全体がアルミのフレームにプラスチックやアルミの外板を基礎とした新しい車体技術を試みている時期に、部門の専門ノウハウに空白を生じさせてしまった。クライスラーは、その基礎技術力が立ち遅れるのは避けたいが、先端R&D部門に、基本チームの実践的ニーズと関係のない研究はさせたくない。したがって同社は、エンジニアリング部門を改革して、主要プロジェクトを支援しつつ、それ自体の技術力も高めるようなものに変えていかなければならない。

 クライスラーはまた、小型車、大型車、ミニバン、そしてトラックおよびジープの4つのリーン企業体をつくりあげるため、サプライヤーとの関係を見直すという課題にも直面している。同社は、1980年代末に収拾がつかないほどの2500というサプライヤー・ベースを抱えていたが、現在はリーンで長期的な関係を保つ核となる300にまで絞り込んだ。今のところ、サプライヤーはクライスラーとの仕事に満足しているが、それは同社の生産量が急速に伸びているという明確な理由があるからである。クライスラーは製品開発活動の初日からサプライヤーを参加させ、彼らの設計改良やコスト低減に関するアドバイスに喜んで耳を傾ける。同社は、従来の競争入札システムをやめて、部品ごとにサプライヤーを指名し、ターゲット価格設定方式(消費者がその車にいくら払うかを検討し、そのうえで逆にコストと利益の配分を決める方式)を用いて、サプライヤーとともに部品の価格といかにそれを実現するかを決定するようにした。部品の大部分は、製品の寿命を通じて一つのサプライヤーから調達することにした。

 こうした改善努力にもかかわらず、クライスラーはまだ部品にコストをかけすぎている。問題は、サプライヤーの利益マージンが多すぎる点にあるのではなく、クライスラーが、他の欧米の自動車メーカーの多くと同様、企業体全体にとって最善のやり方でサプライヤーにリーン方式を実行させることに成功していない点にある。さらに、クライスラーとそのサプライヤーは、次の不景気が来たときにも、「それぞれの会社が自社のことだけ考える」状態に逆戻りしないよう、痛みを分かち合うシステムを工夫しなければならない。

 クライスラーの経営陣は、これらの問題に精力的に取り組もうとしている。確かに、ロバート・イートン会長とロバート・ルッツ社長は、1990年代におけるクライスラーの主な課題は、リーン企業体をつくり出し、完成することであると明言しているのだ。

 個人のニーズ 大部分の人にとって、自尊心と経済的幸福を維持するための最低条件は、職を持つことである。したがって、人々が自分たちの職を失わせるような改革に共鳴し、協力すると考えるのは馬鹿げている。どんなプロセスも、リーンにしようとすれば直ちに大量の余剰労働力を生み出し、その後は困難さが逓減していくことから、企業にとって業績を向上させ、その勢いを持続させようとするためには、雇用問題が最大の障害であることがわかる。

 職の確保という段階を過ぎると、私たちは大抵、自分の能力が伸び、「どこかへ向かって前進している」という感じを抱くことのできるキャリアを必要とする。また、私たちは職場での生活の中で自分がだれであるかを定義づける「親元」を必要とすることも多い。こうした要望は、職能部門(「自分は電気エンジニアだ」)、会社(「自分は松下の社員だ」)、あるいは組合(「自分は鉄鋼労働者だ」)によって満たすことができる。だが、価値の流れ自体はこれらのニーズを十分満たすことができない。部門や会社は長く存続するが、特定の価値の流れの中での従業員の地位は、製品寿命とリンクしているのである。

 部門のニーズ 社員の知識を活用し、増やしていくため、企業はこの知識をエンジニアリング、マーケティング、購買、経理、品質管理といった職能部門の形に組織しなければならない。しかし部門は、単に知識を集積する以上の働きをする。すなわち、部門は自分のキャリアがそこに帰属すると考える社員に知識を教え、新しい知識を絶えず求めていくのである。いわゆる学習組織(learning organization)の中では、部門が学習したものを集積し、体系化し、分配する役割を果たすのである。したがって、部門はどんな組織内でも安定した位置づけを必要とする。

 要求される知識の深さ、知識獲得に必要な労力、そして本来の移転可能な性質(多くの知識がある社員から他の社員に移転できる)のゆえに、各職能部門の専門家たちは、価値の流れや会社に対してよりも、部門およびその考え方の伝統に対して強い帰属意識を感じることが多い。だが、組織をリーンにするためにプロジェクトに注意を集中させると、高度の部門横断的協力が必要となる。とすれば、今日多くの経営幹部が部門を障害と見ていることも当然といえよう。