1988年1月1日、ジョージ M. C. フィッシャーはモトローラの社長兼最高経営責任者(CEO)に就任した。同社は創立されて以来60有余年、〝技術のカベを打ち破る競争〟を展開してきた企業である。

 最初の40年間、モトローラの歴史は家電を中心に回っていた。同社は1930年に世界最初のカーラジオを生み出し、続いて家庭用オーディオ機器やテレビなど一連の消費財の開発に乗り出していった。しかし、1970年代の初頭、時の最高経営責任者・ロバート・ガルバンのリーダーシップのもと、モトローラは自己革新の道を歩み始める。同社は消費財市場に見切りをつけ、ハイテク・産業用エレクトロニクス分野を志向し、アメリカ産業史において最も成功した企業変身を成し遂げたのである。

 今日、モトローラは、技術集約型製品・システムの分野において世界のリーダーである。双方向の私設無線機器やセル式電話、ポケットベル、マイクロプロセッサーや他の半導体機器、高度情報通信システム、マイクロコンピュータ、自動車用および産業用エレクトロニクスの販売を通じて年間80億ドル以上にも及ぶ売上げを上げている。またモトローラは最も有力なアメリカ企業が、いかにして手ごわい日本のライバルに対抗し、さらには凌駕しうるかのシンボルとなった。自らが率いる企業同様、ジョージ・フィッシャー自身も技術を中心にキャリアを打ち立ててきた人物である。フィッシャーはAT&Tのベル研究所にエンジニアとして、さらには技術マネジャーとして10年以上にわたり勤めた後、モトローラに移り、その12年後にCEOに就任した。彼はブラウン大学よりエンジニアリングの修士号、応用数学の博士号を取得している。彼はまた光学導波管技術やデジタル通信の特許も有している。

 以下のインタビューはボストンで、またイリノイ州シャンバーグにあるモトローラの本社にて本誌(HBR)前副編集長のバーナード・アビシャイとウィリアム・テイラーによって行われたものである。

 なお1994年3月現在、G. フィッシャーは、モトローラ社を退きイーストマン・コダックの会長・社長・CEOを務めている。

HBR(以下略、太字がHBR) 科学技術が日進月歩で進歩する世の中においては、逆に、技術だけでは競争に勝つことはできない。モトローラではこのパラドックスにどのように対応してきたのか。

ジョージ・フィッシャー(以下略) それはまさに我々が取り組んでいる問題である。つまり、モトローラ内で、顧客を最もよく知る人間にいかにして大きな権限を与えるか、という問題である。

 それに対する我々の答えは、本質的に組織をぐいと動かすような経営システム、つまり販売部隊に権限を与えるようなシステムをつくり出すことである。

 わが社の販売部隊の人間は、〝顧客の代理人〟なのである。そうなれば、彼らはモトローラに舞い戻り、問題解決のため、また、顧客ニーズの予測のため必要なエンジニア等を引っ張り出せるはずである。我々は、販売部隊を組織の頂点に置きたいと思う。そして、残りの人間が販売部隊を助けるのである。もし、こういう考えをモトローラ全体に無事に根づかせることができれば、我々はあるべき方向に進むことができると思う。

 しかし、これはエンジニアにとっては、なんと大きな脅威であることか。私自身エンジニアであり、その世界の中で育ってきた。我々の多くがある種の傲慢――自分は技術について知るべきことはすべて知っており、技術だけが重要であるという傲慢――を共有している。それはまた、技術志向会社内部の既存の権力構造にとっても脅威である。販売は技術面ほど高いステータスがないのである。これは伝統や遺産の問題だと思う。この種の企業の場合、そのスタートの際は、優れた天才エンジニアによって導かれたというケースがほとんどである。それゆえ、組織としても、エンジニアや科学者を崇めながら大きくなってきたのである。モトローラでもそうだし、今後も常にそうだと思う。しかし、我々は、販売部隊の役割を顧客の代理人と考えるわが社の遺産を捨ててはならない。モトローラも含め、たいていの組織は今日それをしていない。事実、販売部隊とエンジニアの間には敵対的関係が存在する。