成功した事業はすべからく、タイミング、条件、責任感、それに(決してまれではない)ユーモアといった優れたセンスの上に築かれている。だがそのなかでも、マーケットを感じ取る力ほど大切なものはないのである。顧客と一体となり、そこから洞察を得るトップ・エグゼクティブの直観力こそ、テクノロジー、商品・サービスの提供、コミュニケーション・プログラムをはじめとして、彼らが企業の戦略態勢のありとあらゆる要素を指揮するうえで、一番大切な能力なのである。ビル・ゲイツ、盛田昭夫、サム・ウォルトンなどの経営者は、この能力を自らが創業した企業に持ち込んだのだ。そうでなければ、彼らのベンチャーも短命で終わるか、華々しい成功は難しかったかもしれない。

 顧客に気を配ること、それは確かに目新しいアイデアではない。だが多くのトップ・マネジャー、とりわけ生産財メーカーのマネジャーは、顧客との接触はもっぱら販売およびマーケティング・スタッフの仕事だと考えている。またマーケット第一主義を信奉するにしても、組織が大きくなるとともに、顧客との接触は限られたものとなり、もっぱら部下の手になる2次、3次情報を頼りに、マーケットを規定し、感知するようになる。

 こうしたアプローチはいくつかの理由から危険である。第1に、顧客データとマーケット情報が有効なのは、それが正しい出所から得られる場合に限られるのである。大半の生産財メーカーは「顧客」を販売チャネルの次なる存在と規定はするが、そこ止まりで、あとはもう惰性的にマーケティング情報の収集を行うだけである。これは重大な誤りといえる。最終ユーザーまで連なる、チェーンの輪の一つ一つが同じように重要なのである。各ステップのニーズと願望を反映するマーケットデータだけが、トップ・マネジャーに全体的な構図を教え、こうして初めて情報に通じ、新しいサービスや商品発売などに関する正確な判断が下せるようになる。コカ・コーラやジレットやナイキなど、消費財メーカーの場合はチェーンが短いので、各ステップを反映しない情報であっても、おそらくマトから大きくずれることはないだろう。だが生産財メーカーの場合、完成商品の最終ユーザーまでに数ステップでも外れると、そうしたミスが結局マーケットの実像を大きく歪めてしまうことになる。

 第2の危険は、マネジャーの大半は情報と知識の違いがわからないことである。販売チャネルのあらゆるポイントの情報を含むとはいえ、全般的なマーケットデータは、各顧客の相互関連性や競争商品(サービス)に対する顧客の見解をマネジャーに伝えるものではない。一般化されすぎた情報と向き合うマネジャーは、どうしても結果を平均化し、境界をあいまいにし、明瞭に区分されたマーケット機会を見逃してしまう。

 最後に、トップ・エグゼクティブがマーケット情報に個人的かつ戦略的な優位を与えない限り、たとえあらゆるデータが組織改革の正当性を裏付けていても、そのような変革に着手することはできないだろう。たいていのトップ・マネジャーは日頃から顧客回りを行っている。だがその訪問も形式的なものがほとんどである。彼らは顧客を理解し、顧客と一体化するような努力をしない。顧客の状況に関する先入観があるのかもしれないが、その結果、創意ある本質的な質問もしないし、また全体の構図から核心部分を選り分けることもしない。

 かくして顧客全員の意見に耳を傾け、相手のニーズと願望を理解することができないと、その結果は、サービス・レベルの低下、製品ラインの合理化、製品デザインの標準化ということになる。つまりマーケット・ニーズとして特注化傾向が強くなっている場合でも、うかつにも、個性を犠牲にしてコスト削減を優先するのである。おまけに、マーケットを軽視するマネジャーは、往々にして自社製品とライバル他社製品の間にさしたる違いはないという結論に到達する。同じ武器で競い合うライバル各社の自然の成り行きとしての「コモディティ(日用品)化」が、こうして、予定調和的に達成されることになる。そしてこのコモディティ化こそ、タイムベース競争やリエンジニアリングに熱心なあまたの生産財メーカーが、短期的な利益は実現しても、結局は産業全体の利益マージンを破壊する原因なのである。

 トップ・マネジャーたるもの、販売チェーンの主要顧客の身になって一日を送る必要がある。マネジャーのマーケットに対する直観力、想像力、個人的知識にまさるものはないのである。これをこそ企業戦略の要締にすべきである。この文脈において初めて、顧客満足指数とか、マーケットシェア・データとか、ベンチマーキングといった分析手法を、これらに振り回されることなく、手足のように活用することができるのだ。またマーケット重視のリーダーシップがあって初めて、新しいマーケット・ニーズに応じて、企業は迅速かつ連続的に自己を再生することができるのである。

 次の〝おとぎ話〟は、マーケット重視の経営に情熱を燃やすトップ・エグゼクティブがいかなる成果を生み出すか、その一例として考えていただきたい。

ウッドブリッジ・ペーパーズ物語

 昔むかし、ニューハンプシャーのある谷に、ウッドブリッジ社という誇りある特殊紙メーカーがあった。ウッドブリッジは、スープ、ケチャップ、インスタント食品などの食品産業が使用するカラーパッケージ紙をつくっていた。同社はマーケットに君臨する存在だった(直接の競争相手、ハイドパーク・ペーパーズとマウンテンビュー・ペーパーズは長年、2位と3位に甘んじていた)。ウッドブリッジは、同社から紙を購入する印刷会社から、またその印刷会社からラベルを購入する食品会社に至るまで、顧客を満足させていた。