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コダック、IBM、アメリカン・エキスプレス、ゼネラル・モーターズの各企業で、最近CEO(最高経営責任者)が更迭された。それぞれ立派な業績を誇る有能なエグゼクティブだった。
それぞれが変革を請け合い、それぞれがその約束を果たすために、ダウンサイジング、デレイヤーリング(管理体制の簡素化)、リエンジニアリングの各プログラムの先頭に立って尽力した。実際のところ、これらプログラムの大部分は、少なくともしばらくの間、コストの削減、生産性の向上、収益性の改善に貢献した。しかし、大山鳴動したにもかかわらずこれら企業の競争活力は徐々に衰え、それぞれの取締役会が動かざるをえない事態に至ってしまったのである。
何が悪かったのだろうか?「リーダーシップ」ではあまりに簡単すぎる。だが、各社の取締役会がそろって非難したのは、それぞれのCEOのリーダーシップ不足と、戦略ビジョンの不適切さだった。これら取締役会のメンバーに――もしくは追い払われたエグゼクティブに――もっとましな説明を求めてみても、確信のある明確な答えはなく、時には、その答えはどんな取締役会やエグゼクティブにも見ることができないもっと深いところにあるのではないかという、めまいが起きそうな見解まで出てくる始末だ。
これら経験豊富な企業人たちが「リーダーシップ」に問題があると考えるのは、解決策が「変革」にあると考えているからだ。そしてこれらエグゼクティブは疑いなく、変革を実現できるリーダーこそが、リーダーという名に値する、と自らに言い聞かせている。それは正しい。
1980年代における豊富な経験を通して、どのCEOも皆、職能横断的なチームを結成し、不良品を削減し、ビジネス・プロセスをデザインし直すことによって、コストの削減と業績の改善を達成する方法を知っている。野心的な新しい目標を設定することも、その目標に向かって邁進する方法も知らないCEOは、お払い箱になって当然なのだ。
しかし、これらCEOの問題は、今日の多数の企業にとって、かつてのような漸進的変化では不十分であることがわかっていないことだ。それぞれの組織の能力を根本的にシフト(変化)させようと模索しているマネジャーは、変革プログラムが体質を変えるものではなく、対症療法にすぎないことを理解しなければならない。これら企業に改善は不要である。これら企業が必要としているのは、自社をリインベント(再創出)することなのだ。
リインベンションは、現在あるものを変えるのではなく、現在ないものをつくり出すことである。蝶は、より大きな毛虫でも、よりすぐれた毛虫でもない。私たちが協力した多国籍企業3社のリーダーたちは、この違いを把握した。英国航空が、1980年代に世界的に人気のある航空会社になると宣言したとき、同社は、単により良い会社になるのではなく、異なる会社になることに挑戦したのだ。ユーロプカー(Europcar)が、ヨーロッパにおいて最も親しみやすく、効率的で、ひと味違うレンタカー会社になろうと決断したときも、これとまったく同じであった。ハーゲンダッツが、ヨーロッパにおける同社のアイスクリーム・ショップへ行くことが、エキサイティングなイベントになるようにしようと決断したとき、同社が変えなければならなかったのは、何をするかということや、どのようにやるかということだけではなかった。
企業が自らをリインベントするには、意思決定や行動の基礎となる根元的な仮定と目に見えない前提を変更しなければならない。この「コンテクスト(文脈)」は、その組織の構成員が到達したすべての結論の総和である。コンテクストは、組織の構成員の経験と過去に関する解釈の所産であり、その組織の社会的行動、つまり文化を決定する。過去に関する、言葉にもならず、認識もされていない結論が、未来において可能である事柄を決定するのだ。
自らをリインベントするには、組織は、まずその隠れたコンテクストを明らかにしなければならない。組織は、脅かされるか、勢いがなくなるか、あるいは新天地を開くときにだけ、その過去と対峙し、時代遅れになったその現在となぜ決別しなければならないかを理解し始める。そして企業の従業員たちは、そのときになってやっと、パワフルな新しい未来、つまりその組織が到達できないかとも思える未来を信じるようになる。



