およそ10年前、私はあるパートナーとともに、シンシナティにある小さな傾きかけた会社を買収した。会社は郵送用円筒(新聞・雑誌用)と合成缶(両端が金属製の頑丈な紙容器)を作っていた。製品種目は20年の間まるで変わらない。収益はかろうじて黒字。労働コストはコントロールがきかず、職務区分は硬直化し、労使関係はひどいものだった。

 それがいまやわが社は、他に類似商品のない、特別に丈夫で、かつ環境に責任の持てる合成缶を製造している。従業員には柔軟性があり、社の成功に深く関わっている。硬直化した職務区分は過去のものである。8年間、わが社は契約賃金を上げていない。それでも組合との関係は申し分ない。おまけにわが社は厳しいマーケット環境の中で日々善戦し、高い収益を上げているのである。

 かくなる180度の転換は、どうやって成し遂げられたのだろうか。1つ目の答えが、従業員への権限付与である。もう一つの答えが、利益分配制である。

 だがわが社の経験したような変革は、従業員を単に優遇するだけでは実現しない。人間は変化が大嫌いなものである。どんな変化でも、恐れ、怒り、不安との戦いとなり、昔ながらの習慣、保守的な考え、強固な利害との闘争になるものである。会社を変えたいと思えば、従業員のハートとマインドを変えるのが一番である。そしていち早く、かつ最善の向きに変わる従業員とは、背水の陣の従業員である。

 私もまた背水の陣にあった。会社は破産寸前だったし、難題におし潰され、疲れ果てていた。悩み抜いたあげく、私が決めたことは、難題と利益の双方を従業員と共にすることであった。

 ではなぜ従業員は背水の陣だったのだろうか。それは私が選択の余地を与えなかったからである。従業員の意思に真っ向から逆らうかたちで、権限の付与と利益の分配を私が強要したのである。

 シン=メード社は、1902年に創業された。我々が買収する以前、ここではルシールと呼んでおく女性によって所有・経営されていた。25年間、彼女は会社を延命させ、社の隅から隅まで知り尽くしていた。買収契約を結ぶまで、ルシールはほぼ1年間、こちら側の買収申し込みを断わり続けた。

 ルシールは、価格決定からメンテナンスまで、業務のあらゆる面を管理していた。どんなささいな裁決でも、彼女の承諾がなくては何もできなかった。例えば、交渉から生産プラン、コスト計算まですべてを取り仕切り、さらに生産現場に現われて、ラインの流れの指示を出すのである。社のあらゆる機能を管理すれば、たいへんな時間をくう。ルシールは毎晩、さらには週末まで、週75時間から80時間も働いた。

 だが仮にルシールがワンマンだとしても、それは思いやりがあって、慈愛あふれるワンマンであった。彼女からすれば従業員は家族だった。みんなのために仮装パーティーも開いた。従業員の個人的な悩みも親身になって聴いてやり、その家族にまで気を配って、愛情を惜しみなく注ぎ込んだ。例えば、クビになってもおかしくない従業員でも会社に置いてやった。いったんクビにしたときも、考え直して雇い直すのであった。従業員にとって何が最善かを知り、その実現に意を尽くした。

 と、少なくともルシールはそう思っていた。従業員は自分を愛してくれていると信じていたのである。だが契約更改時がくると、彼らがルシールを愛しているとはとても思えなかった。