「プロプライエタリー(各企業の独自仕様による独占追求型)なアーキテクチャーによる支配を、競争上重要でかつ広い分野に迅速に確立できる企業が、成功を享受する」と、チャールズ R. モリス、チャールズ H. ファーガソンの両氏は、"アーキテクチャーを制するものが情報技術産業を制する"(DHB1993年、7月号に掲載)で主張した。

 ベンダー1社では、大量生産される低価格・高性能の様々なシステム部品製造企業に対抗していくことはできない。そのために顧客は様々なシステムをつなぎ合わせて自らのソリューションを得るようになっている。アーキテクチャーはシステムに秩序を押し付けることにより相互接続を可能にする。アーキテクチャーを支配する者は、システムにおける様々なシステム部品が1つに融合されるうえで必要な基準に、強い影響を及ぼすことになる。例えばマイクロソフト・ウィンドウズが普及した結果、ロータスのような企業は少しでも市場シェアを獲得するためには、彼らのソフトウエアをそのプラットフォームに適合させなくてはならなかった。プロプライエタリーなアーキテクチャーの支配は組織構造にも様々な影響を及ぼすようになっており、アーキテクチャー競争がビジネス組織の新しい形態を必要とさせてきている。

ユーザーを無視した論理展開

EDSコーポレーション 会長兼社長兼CEO
レス・アルバーサル

 チャールズ R. モリスとチャールズ H. ファーガソンの両氏は、極めて緻密な分析を行い、巧みに論理展開を行ったが、両氏の議論には明らかに欠けていた展開がある。確かに、オープン・システムとプロプライエタリー・アーキテクチャーはどちらか1つでなければならないというわけではない。そして、オープン・システムにおけるプロプライエタリー・アーキテクチャーは、実現可能なだけでなく、成功するために必要であることも確かである。そしてそれはまた、顧客にとって最大の関心事でもある。

「情報システム・ベンダーが自らの成功と顧客の成功を望むのなら、それが必要かつ可能である」という両氏の意見には筆者も賛成である。しかし"アーキテクチャーを制するものが情報技術産業を制する"には、1つの大きな議論の欠落があると言わざるを得ない。その主張はすべてベンダー、供給者もしくは生産者の立場から書かれている。ユーザーの立場はどうなるのか? 彼らへのメッセージは必要ないのだろうか?

 ユーザーは、モリスとファーガソンが主張した、まさにそのことから守られなければならないのである。異なるシステムと異なるアーキテクチャーを相互接続するための手段を用意することによって、情報技術市場の異常に速く、また予測も難しい変化からユーザーを守るべきである。そのためには、アーキテクチャーのアーキテクチャー(メタ・アーキテクチャー)が必要なのである。

 そのようなアーキテクチャーのアーキテクチャーには、ほとんどすべてのビジネス機能が包含されている必要がある。そうでなければ、顧客にとっての情報技術の価値というものは、微々たるものとなってしまう。

 企業が、特に今日の世界市場のような環境において競争力を確立するには、自社の独自技術、自社の差別化要因を創出するための能力を持たなければならない。非常にカスタマイズされた情報システムを必要とする銀行のような金融機関が、まさによい例である。しかし、銀行も自らを孤立させることはできない。例えば連邦銀行のような他組織とも、それぞれにカスタマイズされた手段によって接続されなければならない。それと同時に一方では、自社の顧客へのサービスの向上を図らねばならないのである。それを最高の効率で混乱を最小限にとどめて行うには、ユーザーにはメタ・アーキテクチャーが必要である。

 近年における当社のビジネスの多くは、モリスとファーガソンが記述したような異なるアーキテクチャー間の相互接続の手段を提供することにある。現在、当社は独自のメタ・アーキテクチャーを用意しており、市場に存在する複数のアーキテクチャーを統合するかなり詳細な技術ポリシーをすでに確立している。モリスとファーガソンの"良い製品だけでは十分でない"という主張は正しい。しかし、それは生産者の立場から言えるのと同様に、消費者の立場からも言えるのである。開発された技術とそれを活用する能力の間に存在するギャップを埋めるためには、良い製品をただ購入し成功を望んでいるだけでは駄目である。成功するためには、それよりはるかに多くのものが必要なのである。

しかし、アーキテクチャーがすべてではない

ロータス・デベロップメント・コーポレーション 社長兼CEO
ジム・マンジ

 産業におけるクリティカル・ポイントを支配すれば、成功につながるのは当然のことである。マイクロソフトとインテルは、歴史的に珍しい事例ではない。ただそれらは、中世の税金取りや19世紀のアメリカの鉄道王より、少し価値があって、また多少革新的であっただけである。

 より難しい問題は、クリティカル・ポイントをいかに支配するかという点にある。そのためには、シリコン・バレー・モデルを模倣するだけでは不十分である。1980年代半ばには(そして現在もそうであるが)ロータスはそのような組織構造をとっていた。しかしこの記事を書いている現在、DOSにGUIを付け、ウィンドウズといったネーミングを考え、それら異なる2つのものを1つのパッケージにして一緒に販売したりするといったチャンスは、当社には1度も訪れなかった。当社のあるプログラマーはボイルストン・ストリートでスシ・バーをやったほうが良いのではないかと提案してきた。GUIが当社にとってのチャンスであったという両氏の根拠は、完璧なる後づけの理論である。市場において起こっている現実は異なるのである。