かつて私は「われは世界市民なり」とキニク学派の哲学者ディオゲネスを信奉し、どの国に行っても草花など同じとしたり顔をしていた。けれども、今では草花がよく育つ場所はそれぞれ違うし、人間にも愛着を持って暮らせる土地があると思っている。

 私は、100年の伝統を持つ世界のビッグビジネス、ヴィックスヴェポラッブのインドでの事業展開を手伝うという幸運を得た。ヴィックスヴェポラッブは現在P&G(プロクター&ギャンブル社)グループ傘下にあり、その製品は世界147カ国で販売されている。この事業展開の過程で、私はビジネスと自身についての多くの困難で価値ある教訓を得てきた。最も重要な教訓として、グローバルな標準化が重要度を増す中で、多様性をできるだけ活かすことを学んだ。

「グローバルに考え、ローカルに行動せよ」と言われるが、これは事実の半分を伝えるだけである。国際的な経営者はローカルに考え、それをグローバルに役立てることもまた必要である。

 世の中の事実は実際のところ、独自であり、個別であり、そして非常に局地的である。政治問題のすべてはローカルなものとされるが、ビジネスもまたそうである。しかし、だからといってグローバルであることを否定するわけではない。今この場という特定な場所と時間において仕事が行なわれるが、ローカルに行動することから得られるものは本質的に世界にも通用するものが多い。

 このようにしてグローバリゼーションは進展する。グローバリゼーションとは多元的な世界に対し均一の解決法を課すことではない。それはグローバルな視野や戦略を持つと同時に自らのルーツや存在を確認すること、地域をすすんで理解すること、そして世界に通用する新しい概念を使用することを意味している。

 自分の時間と空間を広げていけば、それだけ多くの時間と空間を掌中にすることができる。現代の有能なグローバル経営者はこのことを知っている。彼らはそれぞれの草花を育てている。

 経営管理の基本は西洋でも、第三世界でも、世界中どこでも共通である。世界市場を制覇するには標準化された商品、包装、広告と、強力なブランドネームでプッシュしていくことが必要と経営者に誤解されている。しかし、実際の成功の鍵は、ブランドに対する各地域での血の滲むような努力、地元の誇りや所有権なのである。

 私はこのことを第三世界における国際ブランドの経営者として、そして西洋に後れないよう奮闘するインド人として学んだ。

帰国の途中で

 インドが独立したとき、私は4歳だった。イギリスは退去する前に、インドをパキスタンとの2カ国に分割していった。1947年夏のモンスーンの日に私は捕虜となった。もともとイスラム教徒の多い西パンジャブ地方でのヒンドゥー教徒であった私は、生き延びるためには東へ逃亡しなければならなかった。私は生き延びたが、100万の同胞は死に、1200万人が祖国を失い、現代史上稀にみる悲劇となった。

 私は運河やダムを建設する政府の土木技師の長男として生まれた。家計はいつも苦しく、ミルクと学費を差し引くと、残る生活費はわずかであった。母はマーハーバーラタの英雄伝説を聞かせ、正直、倹約、そして国家に対する責任という美徳の大切さを教えてくれた。