世界で最も古い政治哲学のひとつが、今最も新しいテーマとして注目を集めている。欧州共同体、独立国家共同体、カナダ、チェコとスロバキア、その他多くの国がこぞって連邦主義の真の意味を問い直している。

 企業やその他の組織も同じことを始めている。あらゆるところで、企業は再構築を始め、統合組織やグローバル・ネットワークや"よりスリムで贅肉のない"企業本部(コーポレート・センター)を創り始めている。これはとりもなおさず、企業がそう認識しているかどうかは別として、ますます複雑化する組織を統治する方法として、連邦主義への道を歩き始めた、ということである。

 今日の企業組織が無人格のシステムとしてではなく、ますます小さな社会の集合体としてとらえられていることを考えると、政治学上の原理を経営上の課題に適用する試みは大いに意味のあることである。しかし、連邦主義の概念が特に適切だと思われるのは、権力と統制というパラドックス、すなわち組織を縮小することによって拡大を図らねばならない必要性、自主性を奨励しながら枠内に納めざるを得ない必要性、多様性と目的の共有化、個性と仲間意識、ローカルとグローバル、部族地域と民族国家あるいは民族国家と地域ブロックを結合する必要性があるというような事態に対して、定評ある処方箋を提供できるからである。以上の言葉のいくつかを換えれば、これらの政治的課題は世界のほとんどの大企業のトップ経営者の予定表に見られるものである。

 したがって、アセア・ブラウン・ボーベリ(ABB)のCEOであるパーシー・バーネビックが、企業数1100、従業員21万人にふくれあがった自分の"マルチドメスティック"企業を連邦組織と呼んだのも、決して偶然ではない。またIBMのジョン・エイカーズが同社のリストラクチャリングを連邦主義への動きと評したのも、偶然ではない。バーゼルが本拠地のチバ・ガイギーは、事業、機能および地域を中心に考案されたマトリックス組織による経営ピラミッドから、同社の総支出額の94%を支配する14の事業群から構成される組織、すなわち連邦組織へ最近移行した。

 必ずしも連邦主義と呼ばれているわけではないが、あらゆる国の企業が同じ方向へ進んでいる。アメリカのゼネラル・エレクトリック、ジョンソン・アンド・ジョンソン、それにコカコーラ、イギリスのグランド・メトロポリタンとブリティッシュ・ペトロリアム、フランスのアコールと日本の本田技研などがそうである。ロイヤル・ダッチ・シェルとかユニリーバのような歴史の古いグローバル企業は、海外の子会社からの自治権要求に応じる形で、何十年か前に連邦組織に移行している。しかし連邦主義は静態的システムではないので、両社とも常に組織を柔軟にし、権力バランスを微調整している。

 しかし、連邦主義はリストラクチャリングの単なるしゃれた言い換えでもない。その背後にある考え方というのは、例えば、自主性はエネルギーを解放するとか、共通の利益を損なわない限りだれでも自分のやりたいようにやれる権利があるとか、あるいはその共通の利益を理解するためにはみんなに情報をよく流し、意図を正しく伝え、納得させる必要があるとか、人間は管理されることより統率されることを好む、というような信念がある。これらの信念が組織の内部、もっと正確に言えばその魂の中に浸透する。それは組織が日々の業務を遂行する形に表われる。連邦主義とは、政治体制あるいはシステムというより1つの生き方だと理解するほうが適切である。

 しかし、組織は現代ビジネスの諸パラドックスにいかに対処するか、あの手この手で苦闘するので、最初に変化するのは組織構造である。実際の連邦主義を理解するためには、まずこれらのパラドックスと、それに対処するために組織がいかに進化しているかを検証する必要がある。次に連邦主義の5大原則を調べれば、この連邦主義という政治理論がいかに上記のパラドックスを解明できるかが理解され、実地適用への道が示されるだろう。

 組織は1つ1つ異なっているから、各々のジレンマに対して共通の解決法はないだろうし、どの解決法でも不変ということはないだろう。そこで連邦組織というのは、公式の権力や明白なコントロールに依存すると同時に影響力とか信頼関係とか共感に頼っている部分が大きいので、それを統治するのは特に一筋縄ではいかない。しかし、今日のような相互依存関係と絶えざる変化が織り成す複雑な世界では、連邦主義への移行は不可避である。だとすれば、不可避なるものを理解し、それから何かを得るのが最上の策ではあるまいか。

企業は大きくて小さくあらねばならない

 第1のパラドックスは、企業であれ国家であれ、組織は同時に大きくかつ小さくあらねばならない、ということである。一方では、規模の経済性がまだ働く。石油やガスの新埋蔵地を発見し開発するためには、中小のニッチ企業では考えられない資源が必要となる。薬品会社にとっても、その会社の将来がかかっている膨大な研究プログラムを資金的に維持していくためには、大きいことが絶対条件となる。また大きければ、組織が2~3名の中心的人物や外部の専門知識に依存する度合いは少なくなる。

 しかし同時に、企業と国家は小さくなくてはならない。各地で小さな民族国家や地域が肩をいからせ、自治権の拡大を要求している。人間は身近にあって人間的尺度で測れる何かと自分を結び付けたがる。都市の中心にあってさえ、私たちは村を欲しがる。組織にあっても何ら変わらない。小さいことは常に美しいとは限らないが、より快適である。さらに小さいほうが小回りがきき、革新的になる場合が多い。いかに大きさと小ささを併せ持つかということのパラドックスは、今日の政治と事業の中心課題である。政治においては、連邦制度が伝統的解答であったが、その微妙な意味合いは政治家にも必ずしもよく理解されていない。企業の場合、連邦主義は昔のコングロマリットのように本部が異なる各事業に対し銀行の役目を果たす単なる分権組織ではない。これでは規模の利点、すなわちいくつかの別々の事業に適用できるリード・テクノロジーを開発することや、共同購買、あるいはいくつかの事業のスキルが必要となるような大型契約への共同入札という利点が失われる。