ケンの反乱

「至急こちらに来ていただけませんか、ボブ。ケン・ヴォーンの様子がおかしいんですよ。コンピュータをぶち壊したり、部屋をめちゃめちゃに散らかしたり、まるで野牛でも暴れまわったかのようです」

 タイドウオーター社(高級大型モーターボートメーカー)のCEO(最高経営責任者)ボブ・サリンジャーは、被害状況を調べながら、組織改革責任者モリス・レッドストーンのこの言葉が、頭の中で鳴り響くのを覚えた。

 たしかにモリスの言ったとおりだった。ケンはCAD/CAM(コンピュータを利用した設計・製造の自動化システム)のモニターに椅子を投げつけ、机を引っくり返し、本棚のものをすべて床に放り出したのだ。"今回はおそらく、何かよほど頭にくることがあったに違いない"とボブはため息をついた。

 モリスの電話によると、「組織改革プランについてケンと話し合う」ということだけだった。このテーマに関する会議は、毎週定期的に開かれ、回を重ねるごとに激論が展開される、という報告はあった。だが今回のケンの行動は常軌を逸していた。

 帰りがけにボブはケンの部屋に入って、無残に壊された最新作のボートのモデルを拾い上げ、愛車レクサスの停めてある会社の駐車場に向かった。ラッシュで渋滞する近くのハイウエーを自宅へと、のろのろ運転しながら、彼は入社以来のケンのキャリアを振り返った。

 ケンは最も優秀な社員の1人で、彼が会社にとって貴重な人材であることは、だれの目にも明らかだった。ボブは自ら彼をスカウトして、デザイン部門のトップに据えた。ケンは粘り強く意欲的、しかも創造力に優れ、複雑なデザインの課題に抜群の才能を発揮し、革新的な作品を開発した。ボブはケンが大変気に入っていて、何回となく土曜の午後を一緒に過ごし、ゴルフをしたり、会社の将来の計画などを話し合ったのだった。

 しかし、ケンの暗い面についての不満の声が高まっていることも、ボブの耳に入っていた。要するに、ケンは他の部門とますます非協力的になっているということだった。例えば、最近のプロジェクトについて、ボブ以外の幹部との話し合いにはいっさい応ぜず、部下に対してもそうするように説いた。

 さらに、彼が怒りっぽいということは、全社に知れ渡っていた。最近の社員旅行で、ケンは酒に酔って、営業部のスタッフ数人を侮辱した。彼の私生活も不安定だった。最近、彼の妻がボブを訪ね、なぜケンの気持ちが激しく揺れ動くのか、その原因を知っているかと尋ねた。それは、ボブがケンに対して、人事部長ハロルド・ブラスに会うよう勧めた折のことだった。ブラスはケンを会社の従業員援助プログラムに参加させたいと、かねてから思っていたのだ。

 最近ケンの勤務態度がいっそう悪くなった。例えば、重要な会議を何回も欠席し、新しいデザインの開発スケジュールが大きく遅れる、といったことが挙げられる。ケンの新しい上司に内定しているモリスによると、このような行動は、組織改革の挫折を狙った意図的なものと見る。ケンは時折かっとなるほかは、ひっそりと自分の殻に閉じ込もるようになった。人と言葉を交わすことはめったになく、ほとんど1日中コンピュータに向かっていた。

 ところで数週間前、タイドウオーターの組織改革プランの具体化が始まったころ、ケンの異様な行動が目に止まった。彼は大型オートバイ、ハーレー・ダビッドソンを飛ばして、通勤するようになった。服装はこれまでのスポーツコートにネクタイではなく、映画「乱暴者」のマーロン・ブランド扮する中年男のような皮のジャケットとTシャツ姿だった。